働き方改革

働き方改革の影響で勤務医の当直回数が制限されるようになりました。

しかし経営者はいくらでも働いて良いそうで、当直回数にも制限がありません。院長である私は、3月の31日中19日の当直を担いました。

出張で当直ができないと別日に当直をしなければいけませんから、6日連続当直もありです。20年くらい前は6日連続当直を当たり前のようにこなしていましたが、今年58歳になりますので、あの頃と一緒という訳にもいかず…。

幸い4月から馬場先生が着任してくださいましたので私の当直回数も減りましたが、それでも本日は3日連続当直の最終日で病院に籠もっています。

楽しみは食べることくらいで、病院食を3食いただいています。

本日の昼ご飯はインド風で、3種のカレーとナンでした。

コーヒー牛乳のように見える飲み物は「チャイ」と呼ばれるインドの飲み物だそうです。
かなり本格的です。
当院の料理人たちは頑張ってくれています。

七尾市炊き出し報告

令和6年1月12日に当院職員12名が石川県七尾市の恵寿総合病院様で炊き出しをさせていただきましたので写真を交えてご報告いたします。

喜んでいただける炊き出しはバーベーキューと思いましたので、熊本の業者様にお肉の供給をお願いしました。
熊本県が誇る赤牛と黒毛和牛です。
業者様の中には寄付としてくださる方もいらっしゃって、とても助けていただきました。

上の写真は解凍中のものですが、解凍が完了すると下の写真のように美味しそうな色合いのお肉に変身します(^_^)

ふだん当院に食材を提供してくださる業者様からは、「これを持って行って」とイチゴ、バナナ、みかんなどの果物を寄付していただきました。この他、食器、衛生用品などを寄付していただいた業者様もいらっしゃいます。今回の炊き出しは多くの業者様に支えられて実現しました。

入院中の患者様には当院で調理した牛丼の具とビーフシチューを真空パックし、冷凍保存してお届けしました。七尾市は断水中ですが電気は通っているとのことで、電子レンジで温めての調理で対応していただきました。

熊本県合志市の(株)共同様が物品の輸送を引き受けてくださいました。
保冷機能の付いた4トン車をご提供いただきましたので、十分すぎるくらいの積載量と鮮度維持を得ることができました。

トラックの運転手さんの中には、ちょっと怖そうな人もいますが、その先入観を覆すくらい好感度の高い運転手さんでした。(勝手な先入観で申し訳ありません…)
荷下ろしの後はバーベキューのお肉を焼く作業も手伝ってくださったそうです。

食材やバーベキュー道具などを満載したトラックは、開催2日前の1月10日に慈恵病院を出発しました。この後、大分県別府港~大阪南港をフェリーで移動し、ひと足早く石川県入りしました。

一方、慈恵病院の職員12名は1月11日朝に新幹線で新大阪駅に向かいました。

大阪から石川県までの移動は2台のレンタカーで…

高速道路で金沢市へ向かいました。

金沢市内のホテルで一泊し、翌日の炊き出しに備えます。地震の影響で観光客の宿泊予約キャンセルが多発したそうで、意外と宿泊予約は取りやすかったそうです。

ホテルに到着後は明日に向けての打ち合わせです。七尾市は訪れた経験のない場所ですし、道路事情や余震に不安がありましたので、みな緊張の面持ちです。

1月12日の朝4時に金沢市内のホテルを出発し、七尾市に向かいました。
距離にして約70kmですが、渋滞を避け他の支援車に迷惑をかけないように、この時間帯での移動を選んだのだそうです。

実際には大きな支障もなく、日の出前に炊き出し会場に到着することができました。

先着のトラックとも合流できました。

荷下ろしと会場設営だけで1時間以上かかったそうです。

約150kgのお肉を5台のバーベキューコンロで約5時間焼き続けました。

「お子さまにはソーセージも良いのでは?」という職員の意見は当りました。
大人にも好評だったそうです。

炊き出しには病院職員の方々だけではなく、近隣住民の方々にもお越しいただきました。

被災地に入ることがご迷惑にならないか心配していただけに、多くの方にお越しいただいたことは当院職員にとって励みになりました。

当院の栄養士が「できれば現地で豚汁を提供したい」と言って食材を持って行ったのですが、私自身はバーベキューの合間に調理する余裕があるのか疑問でした。

しかし、普段多人数への食事提供を仕事にしている人たちですから、薪コンロで豚汁を作ってしまいました。

寒い季節だっただけに豚汁が好評だったそうです。

炊き出し終了後に理事長先生、院長先生を始め恵寿総合病院の方々と記念写真を撮らせていただきました。

私は出発前の当院職員に伝えました。
「『勝手にバーベキューをさせていただいて、終わったら電話でご報告させていただきますので、放っといてください』と先方の方々に申し上げるように」と。
ところが実際には管理職の方々が付いてくださるなどの対応をしていただいたようです。お人柄なのかと思いつつも、お気遣いいただいたことが心苦しい反省点でした。
被災中でバタバタしていると心に余裕がなくなり、ご寄付への対応自体が負担になることがあります。お気持ちをありがたいと思いつつもです。熊本地震の時の経験がありましたので、この点を何とかしたかったのですが、なかなか難しいです。

恵寿病院様が被災後に運用を開始された学童保育のお子様方が当院向けに寄せ書きを作って下さいました。色々悩みましたがお肉を喜んでいただいたメッセージを拝見して「良かった」と素直に思えましたし、明るい色使いの貼り絵には心癒やされ元気が出ます。

ただ、「恵寿は絶対負けない!」という言葉には、心が折れそうになる気持ちを自ら奮い立たせるような思いを感じました。私には熊本地震の時の経験が重なって胸に迫るものがあります。

いただきました寄せ書きは私たちへのご褒美です。
病院の廊下に飾らせていただいています。
学童のお子さまや先生方、ありがとうございます。

能登半島地震の被害は熊本地震の時よりも甚大で、復旧が遅れています。
現地からの報道を見るたびに被災した方々のお辛さに胸が痛みます。

公的支援等が急ピッチで進められていますので、当面の生活環境の整備は遠からず実現すると思います。
その後の生活の立て直しや心の回復までには時間を要するかもしれません。
しかし、いつか「昔こんなことがあった」と振り返ることができる日が来ます。
光がさす時を信じて踏ん張っていただきたいと思うのです。

 

 

能登半島地震支援にあたりまして

慈恵病院は1月12日に石川県七尾市の恵寿総合病院様で炊き出しをさせていただきます。この活動につきましては、ご批判をいただくこともあろうかと思いますので、私から趣旨と経緯をご説明さし上げるべきと思い、ご報告いたします。

【熊本地震の時よりひどい】

報道でご存知の通り、能登半島地震の被害は甚大でした。
熊本地震の時より過酷なものです。熊本地震が発生したのは4月16日でした。肌寒いとはいえ春でした。一方、能登地震が発生したのは1月です。
熊本市で雪が積もるのは年間1~2回あるかどうかですが、能登では積雪のシーズンです。先日ビニールハウスに避難なさっている方々の様子をニュースで拝見しましたが、寒さに耐えていらっしゃる方々のお辛さやご不安は如何ばかりかと思います。また、地震による直接死者数、住宅やインフラのダメージも熊本地震の時より深刻です。

【支援が低調】

日々流される被災地報道に熊本の人々は胸を痛めているとは思いますが、具体的な支援の動きは低調です。その最も大きな原因は支援の要となる道路の損壊状態のひどさだと思います。加えて熊本地震の被災経験者には支援の波が押し寄せたことによる困惑経験があります。

例えば、

・お米をたくさんいただいたものの、需給のバランスが崩れて保管場所の確保に困る。
・乾パンやカップ麺は、最初はありがたかったものの、その後は食べようとする者がいない。
・水道が通った後にもお水の支援をいただく。
・賞味期限の切れた食品のご寄付をいただく。
・支援者の車で渋滞した。
・支援の問い合わせの対応にマンパワーを削がれてしまう。

ご支援いただくお気持ちをありがたいと思いつつ、被災者と支援のミスマッチが苦い記憶となって身動きが取れずにいるように思います。

現時点で行政は能登地方に向かうことを控えるように呼びかけています。確かに、震源地の珠洲市を始め輪島市、能登町へのアクセスは限られていて、一般市民の走行は控えるべきです。しかし他にも支援を求めている地域はあるはずです。

【当院の困窮体験】

私は何かお手伝いをできないものかと日々考えてきました。
その背景には熊本地震の時に助けていただいた感謝があります。

熊本地震発生から数日後の当院の状況は厳しいものでした。
患者様だけでなく、余震を恐れて病院内に身を寄せる近隣住民の方々、職員の総勢約200名分の三食を賄う必要がありました。しかし食料の備蓄は早くも本震発生後2日で尽きる見通しとなりました。
多くの方々を病院内に抱えながら助けがなく、公的支援についても民間の中小病院は優先順位が低く助けにきてくれません。行政の方々も助けたくてもマンパワーが足りず、当院までには手が回らなかったのです。

絶望的な状況の中で救っていただいたのは民間の有志の方々でした。水が出ない中で大量の水を届けていただき、食べきれないくらいの食料をいただきました。確かに需給のミスマッチはありましたが、少なくとも何かしらをいただかなければ病院内の200人は立ち行きませんでした。

【発災12日目に熊本の地からできること】

私は熊本地震の時に受けたご恩返しをいずれしなければならないと考えてきました。能登半島地震もその一つです。
被災経験に基づき、ご迷惑をかけずに喜んでいただけるお手伝いは何かと考え、今回の炊き出しに決めました。炊き出しはバーベキューです。日々死者数が積み上げられていく状況の中でバーベキューを不謹慎と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私の結論はこれでした。

おにぎり、パン、カップ麺は被災直後には貴重です。
しかし(ベジタリアンでない限り)多くの人は日が経つにつれて肉や魚などの動物性タンパクが欲しくなります。
これは決して贅沢な欲求ではなく、当たり前の願望です。
しかし被災者は容易にそれを求めることができません。
「何を支援して欲しいですか?」と聞かれたときに、「肉を下さい」とは言いづらいのです。「助けてもらっているくせに、お前は何様?」と言われそうな気がして遠慮します。誰かがお節介をして「お肉を、お魚を食べてください」と言わなければいけません。

熊本地震の発生後、お肉に対する願望は病院内だけでなく地域に蔓延していました。本震から12日後の4月28日に当院は第1回の子ども食堂をバーベキューの形で開催しましたが、あの時大人も子どもも再会とお互いの無事を喜び、そして「久しぶりにお肉を食べられた」と喜びました。お肉にはお肉の力があると思います。能登半島地震発生から11日が経過し、当該地域では同様にお肉に対する思いが募っていることと思います。

【支援の経緯と計画】

・お手伝いできる被災地域は現状で七尾市です。交通の制限がない被災地域だからです。

・当院が産婦人科主体の病院ですので、産婦人科の医療機関を調査しましたところ、当院の看護部長が金沢市内の看護部長様を通じて恵寿会病院様にコンタクトを取らせていただくことができました。

・お肉を提供するに当りましては、患者様には当院で調理し真空パックの上、冷凍した牛丼の具(250~300人分)やビーフシチュー(250~300人分)を、職員様にはバーベキュー(500人分)、フライドチキン500個をお届けすることにしました。先様に調理の手間をかけなくて済む方法を模索した結果です。

・当院の経験を振り返りますと、恵寿会病院の職員の方々は心身共に疲弊されていると思います。医療者は笑顔をもって患者者様に接しなければいけません。お肉を口にしていただく事で次の1週間の元気の源にしていただければ、次の1週間で状況は好転するはずです。

・「珠洲や輪島で食べるものに困っている人がいるのにバーベキューとは何事か!」と憤慨なさる方もいらっしゃるかもしれませんが、七尾市は被災地であるだけでなく重要な後方支援地です。七尾市が元気でなければ奥能登の助けになりません。私たちは後方支援の後方支援としてお役に立ちたいと考えます。

・物品は熊本県合志市の(株)共同様に4tトラックで運んでいただきます。

・当院職員10名は新幹線で大阪まで向かい、その後はレンタカー2台で移動します。金沢市内に宿を取り、道路が比較的混雑しないと予想される午前4時に金沢を出発の上、お肉をご提供後には速やかに金沢に戻ります。七尾市滞在中は持参した簡易トイレを利用します。発生したゴミは熊本に持ち帰ります。

【関係の皆様に御礼】

今回のお手伝いは民間の中小病院単独では叶わない案件でした。
まずは(株)共同様にトラックのご提供をお願いし、快くお引き受けいただいたところから現実味を帯びてきました。同社はお肉の加工も手がけていらっしゃいますので、お肉の供給につきましても多大なご貢献をいただきました。

また多くの企業様が食品の供給に応じてくださいました。
大量かつ急な要請でしたのでご迷惑をおかけしたと思います。
中にはお金を請求なさらずに寄付としてご提供いただいた事例もありました。感謝と敬意をもってお名前をご紹介させていただきます。(五十音順)

上野デリック 様
臥璽廊(がじろう) 様とご友人様10名
ケンタッキー・フライド・チキン 様
三協グループ 様
白木商店 様
高手牧場 様
肉の大栄 様
藤本物産 様
ライズデザイン 様
らくのうマザーズ 様

令和6年1月11日 慈恵病院 蓮田健

3回目の予防接種

(恥ずかしながら)痛がりで注射嫌いの医者が12月29日に3回目の新型コロナ予防接種を受けました。病棟の処置室で注射してくれたのは1年目の看護師です。注射自体は滞りなく終わったのですが、この看護師さん、「すみません、ごめんなさい」を繰り返しながらの注射で、終わった後も「担当させていただいてありがとうございました」との弁。この人柄の良さは本人の持って生まれたものと親御さんの教育ではないかと考えさせられ、教えられた思いでした。

私の妻は3回目の予防接種の後、高熱と頭痛で2日間苦しみました。
「もう、こりごり。4回目はしたくない」
そう聞いていたので我が身を少し心配しましたが、私の場合、注射した部分が少し痛んだくらいで済みました。副反応に乏しいのは歳のせいかもしれず、ホッとしたような寂しいような…

 

「ゆりかご」動画をご覧下さい

「こうのとりのゆりかご」の動画ができました。

【妊娠、出産】赤ちゃんを自分で育てられない方へ。匿名(とくめい)で赤ちゃんを出産できたり、預けたりできます。【こうのとりのゆりかご動画/慈恵病院】 – YouTube

「ゆりかご」は自分では育てられない赤ちゃんを匿名で病院に預け入れるシステムです。ここには過去14年間で159名の赤ちゃんが預け入れられました。
最初に預けられたお子さんは18歳になります。

この動画は「ゆりかご」の現場で生じた出来事をつないで作られました。
私たちの立場からすれば、「あるある」の世界です。
動画中に読み上げられる手紙も、実際に病院を訪れた女性が書いたものを使っていただきました。

赤ちゃんの預け入れを「安易な育児放棄」と言う人がいますが、彼女たちの多くは独りで命がけのお産をした上で「ゆりかご」にたどり着きます。
安易と言うよりも必死の方が当たっています。
彼女たちは誰にも頼ることができず、途方に暮れて慈恵病院に来ます。

妊娠が分かったとたん、彼が電話にもメールにも応じてくれないケースは多々あります。
家族から仲間外れにされている女性もいました。
家族内のイジメです。
外食の時には独り留守番をさせられ、弟妹には許されるのに「アンタは冷蔵庫の中の物を食べてはダメ」と言われ続けて育ったそうです。
母親の機嫌が悪くなると包丁が飛んできたり、髪の毛をつかまれて引っ張り回されるとか…
頼るべき家族がいないのです。

この動画を通じて「ゆりかご」の実情の一端を知っていただきたいですし、妊娠して困った女性たちが相談してくれるきっかけになればと願っています。

最後に。
この動画は俳優さん、監督さん、プロデューサーさんなど多くの方々のお力添えでできました。
私たちの思いが時には素人のわがままに映ったかも知れませんが、嫌な顔もなさらず丁寧に対応していただきました。
深く感謝申し上げます。

オーディションに参加しました

現在「こうのとりのゆりかご」の広報ビデオを制作中です。

先日は赤ちゃんを「ゆりかご」に預ける母親役の役者さんを決めるためのオーディションに参加させていただきました。

この役には福岡県を中心に約60人の応募があったそうですが、ビデオ審査を経て選ばれた12名の候補者が監督達の前で演技をしました。
17~21歳の若い人ばかりでしたが、劇団や芸能プロダクション、モデル事務所に所属していて、入室するときの挨拶などを見ても「オーディションに慣れている」感がある人たちでした。

素人がオーディションに首を突っ込む意味があるのか当初は疑問もありましたが、意外とわかりやすく興味深い体験でした。

広報ビデオの影響力は主役の演技に負うところが大きいですから、依頼者の私たちとしても真剣です。

上の写真は母親が赤ちゃんを抱っこしてバスに乗っている演技を披露しているところです。泣いてしまった赤ちゃんをあやす演技が求められています。

赤ちゃんを産んだり育てたりしたことがない彼女たちには酷な気もしました。
(あやすだけなら7人の赤ちゃんを育てた私の方が上手く演じるかも…)
きっと頭の中に記憶している母親の姿をたどりながら演技しているのでしょう。
それはテレビドラマで見たシーンや、親戚の女性があやす姿、街角で見た母親の姿が基になっているのかもしれません。
その意味では普段から人間を観察していなければ演じることは難しいと思います。
俳優さんには、表現力だけでなく観察力や想像力が求められるのではないかと感じました。

演技してくれた人達は笑顔が魅力的で礼儀正しい女性ばかりでした。AKBなどのアイドル系グループやアナウンサーとして活躍できる顔立ちの人も多くいました。

ただ俳優として生き残るためには、それだけではだめなのだと思います。
素人の私でさえ依頼者の立場になれば、人を引き込むような演技ができる人を求め、食い入るように見つめます。テレビのドラマや映画をぼーっと観ているのとは違います。

今さら言う必要はないかもしれませんが、芸能界は厳しい競争の世界だと思います。4時間かけて12名の演技を見せてもらい、それを感じました。

 

 

 

どうして「こうのとりのゆりかご」に預けてくれなかったのか?

乳児の遺棄事件や殺人事件の報道に接すると、どうして「こうのとりのゆりかご」に預け入れしてくれなかったのか残念に思います。
その事情を教えてもらい、事件の再発防止に向け対策を立てたくて裁判の傍聴を始めました。

被告となった女性に事情を伺うと、
「『赤ちゃんポスト』という名前は聞いたことがあるけれど、どんなものかは知ら       なかった」
「遠くて行くことができなかった」というお返事が多いです。

確かに14年前にスタートした当時は知られていた「ゆりかご」も、最近は知られなくなりました。
特に若年層に知名度がないのが頭の痛いところです。

また、予期しない妊娠の末に独りで出産する女性は経済的に困っていることも少なくなく、遠方から来るには交通費がネックになります。

時間的な制約もあります。
妊娠・出産の事実を家族や職場に知られるわけにはいかないため、日帰りのつもりで慈恵病院を目指す女性がほとんどです。
首都圏から新幹線で赤ちゃんを連れてくる女性はいますが、例えば北海道や東北は厳しいと思います。
赤ちゃん連れということもありますし。

このような実情から、私は各都道府県に1カ所ずつ「ゆりかご」が設置されることを願っています。
自分が居住する地域なら地理的情報がありますし、費用や時間の面でもハードルが下がります。
これを実現できれば不幸な事件も少なくなると思うのですが…

 

 

本日の病院ご飯 8月5日

8月5日のお昼ご飯は、「バーベキューランチ」と銘打ったメニューでした。
バーベキュー台をみんなで囲むスタイルではなく、厨房で焼いたお肉を個室にお届けするのですが、新型コロナ感染で蔓延防止宣言下の熊本県ですからやむを得ません。ノンアルコールビールも付いていて、ビールがお好きな産後女性には気分転換をしていただけたかもしれません。

軟らかくてジューシーなお肉と香ばしいガーリックライスをほおばって幸せでした。

ちなみに、私に「お産後メニュー」が回ってくる機会はあまりありません。
普段はもう少しカロリー抑えめの食事ですので、誤解なさらないように。

 

王様のような裁判官

この文章を読んでいただいている方、裁判官についてどのようなイメージを持っていますか?

頭が良い、冷静、真摯…
私はこう思っていました。

ところが赤ちゃんの遺棄事件の裁判を傍聴するようになって、そのイメージが崩れつつあります。「こんな人に判決を委ねていいのか?」と思えるような言動をする裁判官もいました。そう思ってしまう自分がおかしいのかと思いネットで検索すると、実は問題視される裁判官がけっこう挙げられていたりします。

私が違和感を感じたケースを挙げてみます。

被告への怒りやいらだちを表情に出す裁判官

被告への質問の途中から「どうしてできなかったんですか?」と自分の感情を被告にぶつける裁判官がいました。質問するというより責めていました。裁判官は冷静に事を進める人というイメージを持っていましたので意外でした。

裁判官が義憤を感じたり、被告を罰したければ、それは量刑を下すことで行えば良いことです。法廷の場で被告を叱っても、決して被告の心に響くものではありません。被告を叱ることで裁判官や被害者の憤りを和らげることができるかもしれません。しかし乳児死体遺棄事件では既に赤ちゃんは亡くなっていますので、結局裁判官の自己満足に終わってしまうのです。むしろ感情的になってしまう裁判官が出した判決そのものの信用を損ないかねません。

裁判官は法廷の王様

検察官が陳述している最中に、裁判官が不機嫌そうに「それは前に聞いていることだから」と検察官の言葉を遮る場面がありました。検察官は直ちにかしこまって主張を引っ込めてしましました。裁判官と検察官の力関係を如実に感じた瞬間です。

この裁判官は公判前に検察官や弁護人から一定の情報を得ているので、時間の節約から無駄な部分を省きたかったのかもしれませんが、検察官の主張したい部分を尊重しても良いと思うのです。
また、判決に至る過程をわかりやすく納得できるものにするためには、裁判官が既に知っていることでも、被告や傍聴人のために改めて説明や主張をする時間があるべきとも思います。

ただ、この裁判官の言動を見ていて気付いたのは、そもそも裁判官としては被告人、マスコミ、傍聴人にも理解・納得できる開かれた裁判を目指しているのではないということです。裁判官自らの情報収集の場に過ぎないのでしょう。

裁判長には訴訟指揮権というものが与えられているそうで、法廷では圧倒的に強い立場にあります。その下では検察官も弁護人もひれ伏さなければいけないのかと感じた程です。素人の感覚では、裁判官は検察官と弁護人に敬意を払いながら真摯に耳を傾け、判決を下すものと思いがちですが、現実は必ずしもそうではないようです。

また法廷内や外の廊下では裁判所の職員さんが甲斐甲斐しく動き回ります。裁判長が一言指示すると、さっと反応して動く姿がますます裁判長の王様感を際立たせてしまいます。

「オレの法廷!」という言葉が聞こえてきそうな、そんな法廷でした。

裁判官は必ずしも人格者ではない

裁判官も色々なので当たり前かもしれませんが…。
刑事裁判では「被告人の最終陳述」という手続きがあります。
裁判官が被告に「最後に述べておきたいことがあれば、述べてください」と促します。
ところが、先の裁判官は「最後に述べたいことがあれば、述べて下さい。ただ、あなたは前回自分のことをたくさん話してくれたので手短かに…」と。
それまでの裁判官の言動から、「事務的」、「面倒くさそう」、「時間内に終わらせる」という雰囲気を感じていましたので、「ああ、やっぱり…」でした。
被告の言葉を真摯に聞くというより、公判の手続き上定められているので、半ば義務的に聞いている感じでした。
裁判官の立場からすれば、次の裁判が控えているのかもしれませんし、幾つかある裁判の一つに過ぎないのかもしれませんが、被告としては判決を宣告される前の最後の言葉です。
特に無罪を信じている被告にとって、この裁判官の言動は敬意を欠いていました。

裁判官は守られている

「自分が被告なら、こんな裁判官には判決を下してもらいたくない」と思いながら裁判所を後にしました。高圧的、事務的、義務的な裁判官の態度に怒りました。
そもそも判決を下す裁判官は法廷の場で被告、検察官、弁護人、傍聴人から敬意を持たれるような振る舞いをしなければならないのではないはずです。
このような状況を、これまで誰も疑問に感じなかったのでしょうか?

私が存じ上げている報道関係者や弁護士の方々にこの質問をぶつけてみたのですが、それはもう認識済みのことの様で、半ばあきらめモードでした。

医師の態度が悪ければ病院に苦情が寄せられます。
そのような医師を患者さんは避けるようになり、外来には閑古鳥が鳴きます。
しかし、裁判官の場合は余程の逸脱行為がなければ干されることはありません。
そもそもサービス業の医師とは異なるポジションですし、同じ公務員でも行政職、学校の先生、警察官の様に苦情を受け止めないといけない立場とも異なるのでしょう。

だから裁判員裁判

人を裁けば、一方から喜ばれても、もう一方には不満が残ります。
あるいは両者が不満を感じる判決を下さなければならないこともあるでしょう。
それだけ厳しい立場にある裁判官が、職責を全うするために特別な権限を与えられていることは理解できます。

しかし守られ、批判に晒されにくいことが一部の裁判官の独善性を招いているのではないでしょうか。「開かれた司法」が理想であることは確かです。しかし現実に法廷にいるのは、検察官や弁護人に対して圧倒的な力を持つ裁判官、物を言いにくい立場にある被告、法廷のしきたりに従わなければいけない傍聴人、現状に慣れたのか、あるいは諦めてしまったのかのようなマスコミ。多くの人が居ても、口をつぐんでいるのであれば、開かれた法廷ではなく、密室と変わらないのです。

こんなことを考えているうちに、「だから裁判員裁判なんだ!」という思いに至りました。

この制度が導入された頃は深く考えることもなかったのですが、よくよく考えてみると、裁判官というプロの仕事に素人をねじ込むのはおかしくはないですか?

刑事事件において判決を下す行為は被告の一生を左右しかねないことです。そのことに知識も経験もあるプロなら、自分の仕事場に素人を入れることは屈辱に近いことです。医師に置き換えてみれば、手術にあたって医療関係者以外の人を補助員として執刀医に付けるようなものです。私なら自分のする手術が信用されていないとショックです。

裁判員制度の目的が「裁判内容に国民の健全な社会常識を反映する」という文章を目にしました。裏を返せば、裁判官のみで作られた判決に非常識なものがあったということでしょう。

大岡裁き

先日、病院職員が長野県上田市で裁判の傍聴をしてきました。乳児遺体遺棄事件の裁判です。帰ってきた職員が裁判官のコメントに感銘を受けて帰ってきました。
「被告の顔を見ながら、同情の気持ちも伝え、諭すように語りかける」姿は先の事務的な裁判官とは違ったそうです。有罪か無罪かの結果も大事ですが、判決を下した裁判官が信頼に足りると思わせることができるかどうかも大事です。

私の裁判傍聴経験は、まだ数少ないものです。
たまたま違和感を感じる裁判官に遭遇してしまっただけで、大部分の裁判官は敬意に値すると信じたいです。

かつて『大岡越前』というドラマがありました。江戸時代の名奉行を描いた作品です。「大岡裁き」という言葉は、公正で人情味ある裁きのことを指しますが、それを体現するような名裁判官に出会ってみたいと願っています。
現場の裁判官からは笑われるかもしれませんが…

 

これが死体遺棄罪に当たるのか?

7月20日(火)、ベトナム人実習生乳児死体遺棄事件の判決が出ました。
5月17日に投稿した「気の毒です」の女性の裁判です。
懲役8ヶ月、執行猶予3年でした。

弁護団のみならず、傍聴人、報道関係者の評価は「検察劣勢で遺棄罪を立証できていない」「よくこれを起訴する気になったものだ」というものでした。
関係者は楽観的に考えていました。
私も、これで有罪はないでしょうと思っていたものですから、判決の知らせを聞いて驚きました。

判決文を見ると、「被告人がその頃出産したえい児2名の死体を段ボール箱に入れた上、自室に置き続け、もって死体を遺棄した」とあります。
死産した2名の赤ちゃんに対して彼女が行った行為は、

・部屋にあった小さめの段ボール箱にタオルを敷き、その上に赤ちゃんを寝かせ、          その上からタオルをかけた。

・赤ちゃんたちには「コイ」「クォン」という名前を付け、赤ちゃんたちへのお詫びの言葉と、「ゆっくり休んで下さい」というメッセージを書いた紙を赤ちゃんのご遺体に添えた。

・ご遺体の入った段ボールを自宅のタンスの上に置いた。

というものです。

判決文では「国民の一般的な宗教的感情を害した」ことが懲役8ヶ月の理由として述べられていますが、果たしてそれに値する行為なのでしょうか?
赤ちゃんのご遺体をゴミ集積所に置いたり、トイレの便器に放置したりすれば、尊いご遺体の尊厳を傷つけたということで、罪に問われてもやむを得ません。
しかし彼女の行った行為は、ご遺体の遺棄ではなく安置と見なすのが常識的な判断です。
また、長期間自宅に置いたままにすれば罪に問われるかもしれませんが、今回は出産してから、病院で出産の事実が明らかになるまで約24時間しか経っていません。

私は約10年前から全国で発生する赤ちゃんの遺棄・殺人事件をネットニュース上で見続けてきました。その中でも今回の事件で被告が行った行為は優秀です。出産直後の疲れ切った体と、2人の赤ちゃんの変わり果てた姿を目の当たりにする精神的なショックを抱えながら、赤ちゃんへのメッセージを添えてご遺体を安置したのですから。

これで有罪なら、自宅で死産した女性たちのほとんどが罪に問われることになります。そして、これがネットを通じて広まれば、自宅で死産した女性たちは逮捕されることを恐れて、ご遺体を隠してしまう恐れがあります。

今回の判決は犯罪を誘発しかねない事態で、今後も各地で発生する孤立出産に暗い影を落とす形になりました。