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姦通の女 ~罪のない者が石を投げよ~

「姦通の女」
1644年にオランダの巨匠レンブラントが描いた作品です。
この絵は聖書のエピソードを表現しています。

イエス・キリストを快く思わない人々がイエスを陥れようと難題をふっかけます。
彼らは不倫の現場で捕らえられた女性をイエスの前に引きずり出し、「神のおきてでは、不倫を働いた者は石を打ちけて殺せという事になっていますが、あなたはどう思うか?」と問いただしたのです。

彼女をゆるせば、イエスはおきて破りで訴えられます。
一方、彼女の死刑を認めれば、普段「罪人の友」「罪人を救う」と言われてきたイエスの存在が否定されることになります。

窮地に立たされる格好になったイエス・キリストです。
まるで「一休さんのとんち話」のようです。

ここでイエスの発した言葉がこれです。
「あなた方の中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」

これを聞いた人々は、一人二人と、その場から去り、最後にはイエスと件の女性だけが残ることになりました。イエスは彼女に、「私もあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」とさとしました。

このエピソードはキリスト教徒の間では有名なもので、行動規範の一つになっているように思います。(キリスト教徒ではない不勉強の私が言うのも恐縮ですが)

ここで言う「罪」とは、日本国の法律に違反する事だけではなく、例えば、「いじめ」「うそ、ごまかし」など日常生活の中で発生する事象、それこそ枚挙にいとまがないほどの事を指しているように思います。
そのレベルで考えると、罪のない人間はいない訳です。

私は先日この絵の複製を購入し、病院の自室に飾りました。

慈恵病院には予期しない妊娠、望まない妊娠をし、お腹が大きくなった女性たちが訪れます。

「どうして避妊しなかった?」
「どうして中絶せずに今まで放っておいたのか?」
「妊娠した赤ちゃんの母親なのだから責任を取りなさい」
「不倫や売春で妊娠したのは自業自得」

こんな言葉を投げかけられ、助けもなく孤立した妊婦さんです。
彼女たちを責めたり叱ったりしても意味がありません。
すでに十分悩み苦しんだ末に慈恵病院に来た人たちですから、追い打ちをかけるように叱っても彼女たちのエネルギーを削ぎ落とすだけです。

そもそも、私自身が彼女たちを叱れるほど「罪のない人間」ではありません。
それを忘れず彼女たちと向き合えるように、この絵を手元に置くことにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

無痛分娩を始めて17年

当院で無痛分娩を開始したのは、2003年5月8日です。
第1号の産婦は私の妻でした。
その時に生まれたのが次女です。
ですから昨日、5月8日は次女の17歳の誕生日であり、同時に慈恵病院の無痛分娩17周年でもありました。

次女は逆子でした。
逆子のお産は、赤ちゃんの頭が出る時に産婦さんのお腹を押してお手伝いしなければいけない場合があります。
その応援に私の父、蓮田太二院長が駆けつけました。

赤ちゃんが生まれた後、蓮田院長曰く、「お前のお嫁さんはすごいね!ニコニコしながらお産するなんて…」

実は蓮田院長には内緒で無痛分娩の麻酔をしていました(^-^;)
妻には余裕のお産だったのです。

向かって左端が17歳になった次女です。
写真の4人はみな無痛分娩で生まれた子どもたちです。
我が家の子どもたちは、上2人が自然分娩で、下4人が無痛分娩で生まれました。

数えてみると17年間で4327件の無痛分娩がありました。
幸い重大なトラブルなく経過することができました。
担ってくれた職員に感謝です。