神戸事件 通話記録 出産時何があったのか?  

出産時の状況について、私が当該女性から1月26日(月)夕方に電話で聞き取ったときの文字起こしです。

女性と蓮田の通話文字起こし(出産場面)

私は彼女のプライバシーに関わることを社会に公表したくなかったのですが、状況が変わりました。

彼女は殺人者としての嫌疑をかけられてしまっています。
ネット上では「やっぱり殺したのか?」などのコメントも出始めています。
これは彼女の一生のダメージになり得る事態ですが、これを消し去ることはできません。今できるのは不起訴に持ち込むことです。

神戸北署は殺害の調書を取っていますが、もし起訴になれば、検察官は取り調べ中の録音ないし録画に基づいて、被告人が殺害を認めたことが警察官の誘導や強制によるものではなかったことを証明しなければいけません。それができなければ裁判所は、殺人の調書を証拠として採用しません。

私は法律の専門家ではありませんから、この理解に誤りがあれば、どなたかご指導ください。私が得た情報(「取り調べの録音・録画について」警察庁丙刑企発第2 1 号)からは、上記のように読み取れます。

神戸北署 刑事課長への抗議文

神戸の事件で私が神戸北警察署に提出した抗議文を添付します。

元々、この文書は警察と報道関係者にしか開示していないものです。
文書公開によって世間に騒がれ、当該女性やご家族が辛くなることを避けたいと思っていましたので。

また抗議文を届けられた神戸北署の警察官も辛いはずです。
警察官だけではありません。
そのご家族の名誉にも関わります。

遺棄罪で逮捕されても、その後に不起訴になれば、当該女性やご家族のことを考えて私の中では終わりにするつもりでした。

ところが遺棄罪が不起訴になったことを受けて、警察は殺人罪で再逮捕するという無謀な行動に出ました。私なら、このような負け戦を行いません。

そこで私も考えを変え、殺人罪を不起訴にすべく、私なりに発信することにしました。

神戸北署 刑事課長抗議文

 

 

 

 

 

 

まさか殺人罪で再逮捕するとは

1月に神戸市で発生した新生児の遺棄事件ですが、まさかの殺人容疑で再逮捕になってしまいました。

2月6日(金)の午後に神戸の新聞記者さんから電話が入り、殺人容疑で再逮捕になってしまったことを教えてもらったのですが、私としてはビックリでした。私が伝え聞いたところでは、当該女性は2月6日に不起訴となって釈放されるのではないかとの見立てがありましたので。

確かに、この日に検察は当初の逮捕容疑である死体遺棄罪について不起訴処分にしました。これだけなら釈放になるところです。ところが警察は殺人容疑で再逮捕して、女性の拘留を延長してしまったのです。

ネットを検索したところ、次のような記事がありました。

兵庫県警はその後の捜査の結果、母親が女の子の首を圧迫し殺害した疑いが強まったとしてきょう殺人容疑で母親を逮捕しました。

後のブログに彼女からのメールや私との電話会話を載せますが、彼女は私にこのような経過を全く述べていません。ただ私は気になる情報を得ていました。

神戸北署の留置所で彼女に面会した人の情報では、彼女が「『一瞬、赤ちゃんの声が聞こえたので、首に手をかけた』といった内容の調書を取られそうになっている」と言っていたそうです。

弁護士さんたちは毎日留置所に面会に行き、被疑者ノートを彼女に差し入れました。被疑者ノートは、被疑者が取り調べの状況や内容を記録するためのノートです。これを記録することで不当な取り調べや冤罪を防ぐ効果があると言われています。

ただ結果としては殺害を想起させる調書を取らされたのだと思います。新生児の遺棄・殺人事件で逮捕される女性たちの傾向として、人の顔色を見て、過剰に人に気を遣い、迎合するところがあります。私が過去に関わった事件では、「警察官が嫌な顔をするのを見たくなかったので、警察官が言うことを認めてしまいました」と述べた女性がいました。

世間から見れば、「拒否すればいい」「黙秘すればいい」となりますが、逮捕され留置所に入れられた女性は、警察官という権力・権威のかたまりを前にすれば、あまりにも無力です。

続けて他の記事を見ていきます。

警察の調べに対し「赤ちゃんは生きていた」「赤ちゃんが生まれたことが他人にばれてしまうと思って、赤ちゃんの首を右手でつかんだ」という趣旨の供述をしたということです。

私が彼女から聞いたのは、生まれてくる赤ちゃんの出てこようとする頭を自分の手で支えたという状況ですし、出てきた赤ちゃんは泣かずに、体は青白く、ぐったりしていたそうです。(後のブログで、そのやり取りをアップします)

取り調べに対し容疑者は、“出産した赤ちゃんの首をつかんだところ、赤ちゃんが死亡した”という趣旨を供述し、容疑を否認しているということです。

この記事の表現はよく分からないです。過失致死は認めるが、殺人については否認しているということでしょうか。

捜査1課によると、これまでの調べに「赤ちゃんは生きていた。生まれたことが他の人にばれてしまうと思って首をつかんだ」という趣旨の供述をしていたが、再逮捕後は「殺していない」と容疑を否認しているという。

たぶん、これが最も実情に合った表現だと思います。神戸北署では殺害を想起させる調書を取らされたものの、その後の弁護士さんからのアドバイスによって否認や黙秘に転じたのだと思います。

今後、当院が彼女から受け取ったメールや私が聞き取った内容をブログにアップしたいと思います。日本では産婦人科を受診していない孤立妊娠女性が、一人で出産し死産になると、ほぼ自動的に逮捕になります。今回の事件はその典型例です。

ただ私は昨夜から3夜連続当直の身で、ブログ作成に専念できません。時間がかかるかもしれませんが、お許しください。

 

衝撃を受けた賛育会病院の事例

賛育会病院での内密出産を希望していたにも関わらず、それが叶わなかった都内在住女性とのやり取りを添付しました。

「賛育会病院で内密出産希望だった佐藤さんとのやり取り」をご覧いただければ幸いです。

賛育会病院で内密出産希望だった佐藤さんとのやり取り

賛育会病院の取り組みに対する意見書

お金がないため賛育会病院には行けず、熊本を頼る東日本在住の女性たちが今も続いています。

この事態を受けて私は賛育会病院、墨田区役所、東京都庁(児童相談所の管轄)、こども家庭庁に質問状を提出しましたので、併せて添付しました。

賛育会病院への質問状

墨田区役所への質問状

東京都庁への質問状

こども家庭庁への質問状

第三者検証委員会への質問状

私は同院の内密出産やベビーバスケットがスタートする前から懸念を持ち続けていましたが、正直なところ同院の対応は私の予想以上にひどいものでした。

私が警鐘を鳴らすことで同院の運営方針が孤立妊娠女性たちの実情に添ったものに変わることを期待します。

 

 

 

東京の憂うつ その3
母親を捕まえる赤ちゃんポスト

二重扉

賛育会病院が運営する赤ちゃんポスト(ベビーバスケット)では赤ちゃんを預け入れるバスケットにたどり着くには2つの扉を開けなければいけません。
こちらが動画になります。

https://www.youtube.com/watch?v=ANT5oAlF9hs&t=16s

公道に面しているのが第一の扉です。

第二の扉は屋内に入って左手にあるようです。

この扉を開けて中に進むとベビーバスケットがあります。

病院職員と会うことになる

問題なのは、この構造では赤ちゃんの預け入れをした人は賛育会病院職員と接触しなければいけないことです。令和7年3月31日のベビーバスケット開設時に各報道機関が伝えた情報によれば、ベビーバスケットに赤ちゃんが預けられると1分以内に病院職員が駆けつけることになっています。恐らく第一のドアが開けられると職員にアラームが届く仕組みでしょう。

初めてベビーバスケットの建物に入る人が二つの扉を開けて奥に進み、さらに赤ちゃんをバスケットの中に入れブラケットをかぶせれば、それだけで1分は経過します。1分以内に屋外に出ることは極めて困難です。訪れた女性はほぼ間違いなく病院職員と接触することになります。

賛育会のベビーバスケットは赤ちゃんポストではない

このような赤ちゃんの委託方法は「赤ちゃんポスト」ではなく「対面の預け入れ」と呼ばれるものです。それが実在するのがドイツです。ドイツには赤ちゃんの保護を目的とした2つのシステムが存在します。

赤ちゃんポスト:匿名を求める親がベビーボックスの扉を開いて赤ちゃんを中に入れ預ける。預け入れの後に速やかに立ち去れば誰とも接触することはない

対面の預け入れ:匿名を求める親が相談機関や医療機関などを訪れ、そこの職員に赤ちゃんを直接手渡す。匿名が前提ではあるものの、職員と面会することが前提となる。

2つの違いは赤ちゃんを預け入れる際に施設職員と接触しなければならないかどうかです。孤立妊産婦の心理を考える時に、この点が重要になります。それを浮き彫りにするのがアメリカの赤ちゃんポストです。

あえてアメリカで赤ちゃんポストができたのは…

アメリカには「安全な避難所法」(Safe Haven Law)と呼ばれる法律があります。自ら赤ちゃんを育てられない親が病院や消防署、警察署に行って、そこの職員に赤ちゃんを託せば、親が匿名であっても罪に問われず預け入れを許されるという法律です。

病院、消防署、警察のどれかは近場にありますからアクセスしやすく孤立した産婦さんには大きな助けになります。ところが、このシステムでは受け皿として不十分との指摘もあります。2015年3月にAFP通信は次の様に報じています。

「赤ちゃんポスト」導入法案を策定したケーシー・コックス州下院議員(共和党)は、セーフヘイブン法を知らない上、「対面式で子供を預けなければならないことに対する強い不安から、さまざまな問題を抱えた親たちが同法の活用を拒む原因となっている可能性がある」と指摘する。

私も「ゆりかご」18年の経験からこれに同意します。赤ちゃんを抱えた自らの姿を職員に見せるわけにはいかないと極度に恐れる女性がいるのも現実です。当院は内密出産も運営していますが、姿さえ見せることを拒む女性には内密出産は選択肢となりません。

「安全な避難所法」、つまり対面式の預け入れでは十分な対応をできないことから、アメリカでは2016年に赤ちゃんポストが創設されました。

第二の扉の意味

改めて東京のベビーバスケットを考えてみます。
慈恵病院の「ゆりかご」の扉は建物の外に向いています。

赤ちゃんを預け入れた後に立ち去ることができます。
ベビーバスケットの場合、第二の扉を開けた、さらにその先にバスケットがあります。

人目につかないようにするために第一の扉の存在はやむを得ないとしても、第二の扉を開ければ直ちに赤ちゃんを置ける構造にすれば病院職員と接触する可能性は低くなります。
イメージとしては下のような感じです。

女性を確保する意図

しかし、なぜ賛育会病院はベビーバスケットをこのような構造にしたのかが疑問です。世界的に見ても赤ちゃんポストの扉は屋外に向けて設置されているのが一般的です。Googleストリートビューによれば、この場所は元々物品の搬入出口だったようです。

ここに壁を設置した形になっていますが、内部は間仕切りのない一つの部屋ですので、ほぼフリーハンドで構造を決められたはずです。

私は赤ちゃんの預け入れ者を確保するのを意図して、このような構造にしつらえているのではないかと思います。確保した後に説得して身元を明かさせたり、自分で育てさせたりするためです。

基本的には説得を行わない

実親さんが身元を明かしたり翻意して自分で育てたりすることは一見良さそうに見えます。ところが現実には美しい物語になる訳ではありません。私たちの経験では、実親さんが身元を明かしたものの頑なに戸籍に入れることを拒んだ結果、赤ちゃんの戸籍が作れず養育先が決まらなかった事例がありました。また「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)では、2024年3月までの17年間179事例のうち2事例で虐待死が発生しました。いずれも実親さんが赤ちゃんを預けた後に翻意して自ら育てたケースです。

意外に思われるかもしれませんが、実親さんの身元が分からない赤ちゃんの方が速やかに養親さんなど家庭に入ることができ、平和な人生を送っています。それでは出自を知る権利を損なっていると批判する声があるかもしれません。しかし実親さんの泣き叫ぶ声を聞きながら育つ人生より、穏やかで笑い声の絶えない家庭で育つ方が幸福度が高いと思います。

私たちは過去の苦い経験から、赤ちゃんを預け入れに来た女性を引き留めたり説得したりすることを行っていません。

信用が低下する

赤ちゃんポストや内密出産は実母さんの匿名性を保証するのが前提です。それを求めて女性たちは病院を訪れます。それを覆すのは、女性側からすれば「だまし討ち」に等しいことです。「赤ちゃんポストを頼っても、結局身元がばれる」という情報がネットを通じて広まれば、孤立した母子にとって最後の砦である赤ちゃんポストが信用を失い機能しなくなります。

賛育会病院のコンセプト

賛育会病院の運営方針は慈恵病院とは明らかに異なりますし、世界的に見ても特異と言えます。先のブログで挙げましたが、有料内密出産やあからさまな監視カメラなどは理解に苦しみます。

一連の対応状況から感じるのは、「母親に責任を取らせる」というコンセプトです。赤ちゃんのことは守るが母親には責任を取ってもらうという雰囲気を感じます。しかし実際にはその母親を大事にしなければ赤ちゃんを守ることはできないのです。私たちはそれを18年間の経験から学びました。

賛育会病院での開設から1ヶ月が経ちましたが、私たちに寄せられる女性たちの声から東京での対応が私の想像以上に厳しいものであることが分かり始めました。当該女性だけではなく、当院や世間がイメージしているシステムとは異なるものです。

賛育会病院を頼る女性たちへ

ベビーバスケットに赤ちゃんを預ければ、病院の職員が1分以内に駆けつけてあなたと接触するでしょう。病院職員があなたに何も求めずあなたを帰してくれれば問題ありません。あなたに自らの意志で病院職員に伝えたいことがあるのなら、ベビーバスケットに留まって伝えてください。

しかしあなたの意志に反することがあれば断ってください。病院職員があなたを引き留めたり、様々な質問や説得を行ったりするかもしれません。しかしあなたがしゃべりたくないことはしゃべらなくても良いですし、立ち去っても構いません。それが赤ちゃんポストです。

ベビーバスケット、つまり赤ちゃんポストは匿名で赤ちゃんを預かってくれるシステムのことです。それを保証しないのは約束違反です。もしも困った時には熊本の慈恵病院に相談して下さい。

 

 

東京の憂うつ その2
母親を怖がらせる監視カメラ

顔に向けられた監視カメラ

これは賛育会病院(東京都)のベビーバスケット(赤ちゃんポスト)の入り口にある監視カメラです。

扉の左上に設置されていて、

赤ちゃんを預け入れる女性の顔に向けられています。

これでは赤ちゃんを預けに来た女性が警戒して中に入れなくなります。
赤ちゃんポストを頼る女性の多くが自分の身元が明らかになってしまうことを恐れています。その心理は平常時とは異なります。例えばコンビニに入るお客さんは万引きでもしない限りお店の内外に設置された監視カメラを気にしないと思います。しかし赤ちゃんポストを頼る女性は、見つかってしまうことを強く恐れていますので彼女たちを怖がらせないような配慮が求められます。

慈恵病院であった隠し撮り

とは言え、赤ちゃんポストの有無には関係なく病院には監視カメラが必要です。病院だから常に平和というわけではありません。慈恵病院は地方都市である熊本の閑静な住宅街にあります。犯罪とは縁遠い環境に見えますが、それでも数年に1回くらいは職員が不安に感じる人物が訪れることがあります。

「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の18年間の歴史の中では、「ゆりかご」に来る女性の隠し撮りを試みたカメラマンが一人いました。当時は数ヶ月に1例くらいしか赤ちゃんの預け入れがありませんでしたから、私から見れば「見込みのない努力」でしたが。

この事例のきっかけは病院職員からの報告でした。

「駐車場にタクシーが止まっているんですけど、後部座席の人がビデオカメラを病院に向けています」

タクシーの止まっている場所が駐車場ゲートの隣にある区画でしたから、通勤時には多くの職員がタクシーの横を歩きます。このカメラマンは気付いていなかったようですが、中小病院の駐車場ですからタクシーが居座れば、かなり目立ちます。普通、病院でタクシーが止まる場所と言えば玄関前や客待ちスペースです。駐車場にいるのは商用車ではなく自家用車です。特に夜間はその自家用車ですら数台しかとまりません。

私はカメラマンを派遣したメディアに撮影の中止を求め、これでこの問題は終わったかに見えました。ところが、このカメラマンは性懲りもなく隠し撮りを再開していました。それをお見舞いに来た患者さんのご主人が見つけて警察に通報することになりました。

いわゆる警察沙汰になったわけで、タクシー会社に警察が事情聴取に入るなど大変でした。私もカンカンになってカメラマンを派遣したメディアを出入り禁止にしました。このメディアは「ゆりかご」の特集を企画していたようですが、前のめりが過ぎました。

慈恵病院にもある監視カメラ

「ゆりかご」の扉が開けられるとナースステーションのアラームが鳴る仕組みになっていますが、もしもの断線に備えて、アラーム回線を2回線設けています。

さらにアラームの不具合があっても職員が赤ちゃんに気づけるように赤ちゃんに向けた監視カメラを設け、ナースステーションに設置しているモニターで赤ちゃんの存在に気づけるようにしています。赤ちゃんが置きっぱなしにならないように二重三重の安全装置を設けています。

ただしモニターに映るのは赤ちゃんとベッドだけで、実母さんなど預け入れた人物については手しかとらえていません。

威嚇するカメラ

一般に監視カメラには犯罪防止の役割を持たせることもあります。その場合はあえてカメラを目立つところに置き、相手にカメラの存在を気付かせることで犯罪を防ぎます。しかしベビーバスケットの入り口にあからさまに防犯カメラを設置するのはまずいです。赤ちゃんを預け入れる人は犯罪者ではないのですから、顔にカメラを向けるべきではありません。

一人で出産し、陣痛と出血で体力を消耗した女性たちがベビーバスケットを訪れます。産道の傷の痛みに耐えながら長距離を移動してくる人もいます。周囲に助けを求めることができず、恐怖や不安の中で唯一の助けとなるのが赤ちゃんポストです。

やっとの思いで病院にたどり着いた女性たちを迎えるのが、顔に向けられたカメラのレンズであるのは残念です。自らの出産を知られてしまうことに怯えている女性の心理は平常時とは異なります。カメラの存在は威嚇する物として受け止められます。近づくなと言っているようなものです。

事件を誘発する危険性

女性が扉を開けることをあきらめたときにどうなるのでしょう。
今さら他に頼るあてはありません。東京から遠い熊本まで行くのも無理です。体力も気力も尽き果てていることでしょう。運動場を10周走るように言われた生徒が、走るのが苦手でやっとの思いをして10周目を走りきろうとしているときに、「あと10周走れ」と言われるようなものです。

お金の問題もあります。東京駅から熊本駅まで新幹線で移動するには25000円以上がかかります。赤ちゃんポストを頼る女性にとって、とっさに25000円×2回(往復)を用意するのは現実的ではありません。

絶望してパニックになり病院の敷地や近所の軒下などに赤ちゃんを遺棄することもあり得ます。それは犯罪行為であり絶対に避けたい事態です。孤立妊産婦さんの中には発達症や境界知能の特性を持っている人が一定数います。そのような特性の人は想定外の事態への対応が苦手で、パニックに陥ってしまう恐れがあります。

慈恵病院の苦い経験

過去には慈恵病院の「ゆりかご」の外に赤ちゃんが置かれたことがありました。「ゆりかご」の扉を開ければ、すぐに看護師が出てきて捕まると恐れた女性が取った行動でした。この時は赤ちゃんを置いた女性がすぐに病院に「今預けました」と電話を入れたことで赤ちゃんが看護師に保護され無事でしたが。

私たち病院職員が考えている以上に女性たちが見つかってしまうことを恐れていることを思い知らされた事例でした。

女性に安心してもらえるようにしつらえる

赤ちゃんポストをするからには、女性たちが安心して赤ちゃんを預けられるようにしつらえるのが運営者の責務です。訪れた女性を怖がらせたり混乱させてしまったりすべきではありません。

赤ちゃんを預ける女性に対して、「安易に育児放棄をしている」と批判する人もいます。しかし実際には女性たちの多くが人生の限界点に達して慈恵病院を訪れています。その背景には親による虐待、過干渉があり、学校でのいじめ、職場でのパワハラ、交際男性の裏切りがあります。叩かれ傷つき、よりどころがなく、見ず知らずの熊本まで産んだ我が子を抱えて来る人たちです。

女性のこれまでの苦労をねぎらい支えるのが病院に求められる姿勢です。監視カメラは必要ですが、それは飽くまでも不測の事態に備えるためのものです。賛育会病院には、訪れた女性を怖がらせないような所にカメラを設置し直してしていただきたいと願います。

 

 

戦傷外科の世界

私はかつて宮田先生のご講演をうかがい衝撃を受けました。

人間の体を効果的に損傷するために銃が工夫を重ねて作り上げられてきたことの解説から始まり、さらに損傷された兵士の治療経験を説明されました。宮田 先生のお話しぶりは淡々としたものでしたが、講演内容には人間の業の深さを感じずにはいられませんでした。

最近のウクライナや中国の情勢を見ると、日本も戦争に無縁であり続けることは難しいかもしれません。そのような中で、日本人医師が目撃した戦場の現実と治療の現場を垣間見ていただくことは貴重だと思います。

兵器として日本で話題になるのは核兵器です。被爆国としては当然のことですが、個人的には現実感に乏しいように思います。危機感は保たなければいけませんが原爆投下から80年が経ちますし、禁断の兵器的な位置付けだと受け止めています。

しかし講演で取り上げられる兵器、武器は今でも戦場で使われているものです。私は『ゴルゴ13』を愛読していました。銃や戦闘機、軍艦などには独特の美しさを感じることがあります。しかし宮田先生のご講演を伺った時、自分の想像力のなさや脳天気を恥じました。

いったん立ち止まって考えていただくことも大事かと思います。医療関係者のみならず学生さん、ジャーナリストなど多くの方にご参加いただくことを願っています。

 

東京の憂うつ その1
~有料内密出産~

宇宙人?

東京の賛育会病院が始めた有料の内密出産は驚きでした。ニュースを見て私が最初に思ったのは、「賛育会病院はどのような妊婦さんを想定しているのだろう?」でした。

私は有料内密出産を受け入れる女性に会ったことがありませんし、それをできる人がどんな人なのか思いつきません。私の中では「50万円を持っている女性」「内密出産を求める女性」はどうしても結びつかないのです。誤解を恐れずに言わせてもらいますと宇宙人です。出会ったことはないけれど、もしもいるなら会ってみたい人です。

自然分娩50万 帝王切開80万

内密出産が有料ということは既に複数の報道機関が報じていますので間違いはないと思います。例えば令和7年3月31日に日本テレビは次のように報じています。

「内密出産の場合、帝王切開か普通分娩かで費用は異なるものの、約50万円ほどかかる費用は『原則本人負担』だということです。病院側は『話し合いの上でどのようにお金を払っていくか相談する』と述べました」

この情報の通りなら自然分娩で50万円、帝王切開で80~90万円かかる費用を出産した女性が自己負担することになります。健康保険に加入していて、かつ匿名でなければ出産一時金50万円が支給されますし帝王切開によるオーバー分も健康保険がカバーしてくれますが、匿名ではそのようなお金はもらえません

有料は非現実的

そもそも50万円のお金を貯める能力を持つ人は内密出産のお世話にはなりません。有料では女性たちに「内密出産の看板はあるけれど使わないでね」と言っているようなものです。

慈恵病院は過去3年4ヶ月で48例の内密出産を経験しましたが、50万円を現金で用意できる女性は皆無でした。それどころか熊本に来る旅費すらなく、病院が旅費を送金して新幹線の切符を買ってもらったケースもありました。

日本は年間12万件の人工妊娠中絶が行われている国です。倫理的問題は別として、日本では予期しない・望まない妊娠の解決法として中絶は一般的ですから、50万円の蓄えがある人でしたら中絶を選択するでしょう。

東京からの問い合わせ5件

3月31日の発表以来、慈恵病院には東京在住の女性から5件の内密出産相談がありました。「東京で内密出産ができると知ったのですが、お金がなくて。熊本でできますか?」という訴えでした。

これらの案件について私は賛育会病院に電話やメールで問い合わせを行ったのですが、全く返事をいただけていません。

患者さんの困りごとの受け皿となるべき医療機関の姿勢として如何なものかと思います。せめて「対応できる」「対応できない」の返事を送るのが医療機関の責任ある姿だと思うのですが。

一方、慈恵病院で内密出産をした女性たちからは「ニュースで見たけれど有料の内密出産なんてムリです」と憤りの声が寄せられました。やはり有料内密出産は現実的ではありません。

収入はあるのにお金がない

お金を貯めるには稼ぐ能力だけでなく、お金を管理する能力が求められます。

かつて慈恵病院にたどり着いた女性の中には、夜の仕事で1ヶ月に80万円の収入を得ていた人もいましたが、手持ちのお金はほとんどありませんでした。お金を手に入れても、それを彼がいるホストクラブにつぎ込んでしまったからです。

小さい頃から人に愛されたり大事にされたりしたことがなかった女性が、女性を食い物にしているような男性に貢ぎ続けることがあります。搾取し暴力を振るう男性であっても、時々優しくして抱きしめてくれると女性はそれにすがり依存してしまいます。

お金を貯めるには「お金を遣わない自制心」や「自らの行動が招く結果ついての予測力」、「人を見定める目」などいくつかの能力が求められます。残念ながら内密出産を求める女性の中には、そのような能力に乏しい人が少なからずいます。

もちろん、その能力を持つ人もいましたが、学生さんを始め収入自体が少ない人にとっては50万円、90万円はとても手元に持てる金額ではありません。賛育会病院の関係者は「人生の一大事なら50万円くらい出せるだろう」と思っているのかもしれませんが、私に言わせれば孤立妊娠女性たちの実情を理解していない、「できる人」の言い分です。

分割払いも現実的ではない

先の報道記事には「話し合いの上でどのようにお金を払っていくか相談する」とありました。恐らく分割払いのことでしょう。

しかし収入が少ない人にとって50万円の借金を返すのは大変なことです。彼女たちの中には既にカードローンで破綻している人もいるわけですから、借金の返済には馴染みません。

病院が「借金取り」になってしまいますと、実母さんは病院にネガティブな感情を抱き音信不通になる恐れがあります。

生まれた赤ちゃんが将来自らの出自を知りたいと考えたとき、実母さんがそれに協力してくれるかどうかは重要です。実母さんはキーパーソンですから、子どもの出自を知る権利を尊重する観点からも実母さんと病院との関係悪化は避けたいところです。

職員もストレス

有料内密出産は医療の現場に立つ職員さんにもストレスです。内密出産では陣痛が始まった女性が、病院の窓口に飛び込むこともあります。医療者としては陣痛で苦しんでいる女性に「お金を払えますか?」とか「分割で払えますか?」などとお金の交渉をするのははばかられます。

とりあえずお金の話を抜きにして出産までこぎ着けるでしょう。しかし出産後にお金の話をするとき、女性側が「そんな話は聞いていない、知らなかった」と拒む可能性もあります。

今は東京の内密出産が始まって1ヶ月ですから有料内密出産がマスコミで取り上げられていますが、数ヶ月すればこの情報も埋没してしまいます。有料を知らずに助けを求める女性も出てくるでしょう。

内密出産は50万円のお金を払えない人ばかりが来る世界です。現場の職員さんが毎回お金の交渉をしなければならないストレスを抱えながら医療活動を行うのは問題です。

有料は世界初

このような事情から有料の内密出産は現実的ではありませんし好ましくありません。世界的にも有料の内密出産や匿名出産は例がありません。残念なことですが、有料内密出産は日本が生み出した世界初のシステムです。

海外の各国は内密出産が必要な女性たちの実情を分析し、本人から費用徴収することが現実的ではないと判断したのだと思います。自己負担ではシステムの存在意義を損なうことから公費負担になったのではないかと私は推察します。

内密出産の法制化がなされていない日本では公費負担はかないませんので、日本で内密出産を実施するには病院の費用負担は避けられません。

理解と覚悟が必要

私には奇異に映る有料内密出産ですが、その背景には賛育会病院の不安があると思います。東京で内密出産を行えば事例数は熊本の数倍になります。その費用負担を支えきれないのではないかという不安です。

それを乗り越えるには、まず新生児の遺棄や殺人の現実を知り内密出産の存在意義を理解する必要があります。

私は3年前まで女性たちに交通費を振り込むことを躊躇していました。しかし裁判を通じて遺棄・殺人事件の悲惨な現実を知るようになってからは、「50万円で赤ちゃんの命や健康を買えるならば安いものだ」と思えるようになってきました。

優しさとか正義感だけでは日本の内密出産は運営できません。諸外国のような法整備がなされていないない日本の内密出産は世界で最も実施困難なものです。運営者には実情を理解し自ら負担する覚悟が求められます。

受け入れられるサービスを

社会福祉のサービスは利用者が受け入れられるものでなければ無意味です。利用者に合ったものを用意するのが提供者の責務です。利用者がその提案を拒絶したときに、「それではしようがないですね」と言ってしまうようでは支援ではありません。

もしも受け入れられないものばかりを提案する「支援者」だとすれば、それは支援者ではなく、自己満足や偽善とのそしりを受けても仕方がありません。残念なことですが孤立妊産婦支援の現場を見渡しますと、サービスの提供者が利用者にとって受け入れることのできない選択肢を提示する事態が散発します。

無料と宣言してほしい

賛育会病院のホームページには「キリスト教の『隣人愛』の精神に基づいた…」と理念がうたわれています。

私は洗礼を受けていませんし、聖書も1ページ読んだだけで脱落しました。しかしネットで調べて隣人が「隣の人」ではなく「困っている人」「助けを求めている人」「弱く貧しい人」を意味することもあると知りました。

赤ちゃんポストや内密出産の世界では孤立妊産婦こそが隣人だと思います。私は賛育会病院には堂々と「内密出産でお金はいただきません」と宣言していただきたいのです。それが孤立妊産婦には福音だと思います

父が残した桜

ごぶさたしています。
久しぶりの投稿をさせていただきます。

熊本では3月23日に桜の開花宣言が出されました。
それから2日しか経っていないのに病院前の桜たちは早くも満開を迎えそうです。

病室の窓を開けると、「ホーホケキョ!」とウグイスの鳴き声も聞こえてきて、病院の周りには春があふれています。
今年は熊本の開花宣言が全国に先駆けて出されたそうです。
これから桜前線は北上していくのでしょう。

そう言えば、「まわりの人に知られずに出産したい」と言って北海道から来た女性が、北海道の桜開花はゴールデンウィークの頃だと言っていました。その頃、熊本では夏日になることも珍しくありませんから、同じ日本の中でもずいぶん違います。

彼女は私の娘くらいの年齢でしたが、熊本と北海道の違いを感じる話を聞かせてくれて興味深かったです。

「熊本の冬は冬じゃない、北海道の春です!暖房は暑くなるので要らない」
「雪のないクリスマスは初めです。地元ではいつもホワイトクリスマスだったから‥」
「熊本は名前に熊が付くし、『くまモン』もいるし、野生のクマがいると思っていました」(九州には野生のクマはいません)

彼女にとって熊本はとても遠い場所だったと思います。
当たり前ですが東京よりも大阪よりも遠い所ですから。
それでもお腹の中の赤ちゃんを無事に出産するために熊本に来てくれました。

その勇気や行動力とは裏腹に、彼女は痛々しいくらいに人に気を配り、笑顔を見せる人でした。そんな顔を見るたびに私は、「親御さんが慈しみながら育ててくれれば、彼女の人生はもっと喜びのあるものになっていたはず」と思い残念でした。

さて病院前の桜たちですが、これは私の亡き父が50年前に幼木を植えたものです。ここは当時病院の駐車場だった場所ですが、今はそこにマリア館が建っています。

すでに樹齢が40年近くになっていた桜たちは移植に耐えられないとのことで、建築の際に半分以上を伐採せざるを得ませんでした。
残った桜もマリア館の日陰になってしまい、父は花を咲かすことができないのではないかと嘆きました。
樹木が好きだった父にとって病院の桜は自らの歴史のようなものでした。
息子の私としても胸の痛む思いでしたが、心を封印して建築に舵を切りました。

幸い残った桜たちは元気に花を咲かせてくれています。
父もホッとしているのではないかと、毎年桜の花を眺めるたびにあの頃を思い出します。