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内密出産導入の検討

前のブログでは内密出産の問題点を中心に書きました。
ただ、文章を作る中で、「内密出産をできないことの理由ばかり挙げていても前に進めないのでは?」という思いもあって悩みました。
病院にとって内密出産はリスクを伴います。
すべきか否か‥。

先週の病院幹部会議で私の思いを話しましたところ、みな快く賛成してくれました。
意外とあっさりでした。

内密出産が実現すれば、妊娠・出産の秘密を明かしたくない女性との相談が比較的スムーズに行えます。これまで、病院を受診することすら、かたくなに拒否していた人の中でも、受け入れてくれるきっかけになるかもしれません。病院に来て何回か顔を合わせるうちに、身元を明かして出産をする事に同意してくれる事も期待できます。これまでの電話相談の経験から、その予感があります。

実現までには色々と困難があるとは思いますが、行政の方々のご協力もお願いしながら努力を重ねていきたいと思います。

「こうのとりのゆりかご」を廃止して内密出産?

「こうのとりのゆりかご」(以下「ゆりかご」)の抱える問題として指摘されるのが孤立出産です。誰にも相談できない事情を抱えた女性が、人知れず赤ちゃんを出産する行為です。出産場所は自宅とは限りません。車の中、ホテル、トイレと、母子の安全性を考えると心配な場所で出産するケースもあります。お産というものは、多くの場合無事に終わります。ですから、自宅で一人で出産したのにも関わらず、母子ともに無事であったとしても不思議ではありません。

しかし、逆に非常に危険な時もあります。例えば、お産の後に大量の出血を来す事があります。私の経験では、10分間に1500mlの出血をした女性もいました。それを放っておけばショック状態になり死に至ることもあります。病院なら点滴、輸血などの処置をして回復を図るのですが、孤立出産なら助けを呼ぶこともできないままに意識がなくなってしまうかもしれません。その他、血圧が高すぎてけいれんをおこす妊婦さん、胎盤が早期に剥がれてしまい、母子ともに死亡してしまうケースなど、頻度は低いですがお産には怖いトラブルがつきまといます。

「ゆりかご」関連でも過去にトラブルがありました。孤立出産の赤ちゃんが「ゆりかご」に預けられたのですが、その赤ちゃんは低体温状態だったので急いで暖めた事があります。幸い大事には至りませんでしたが‥。

このようなトラブルが懸念されますから、お産は専門の医療関係者が立ち会える場所ですべきです。それを受けて提案されたのが内密出産です。(内密出産については、12月7日にアップした記事に説明を載せていますのでご覧下さい)

病院で出産すれば、安全です。孤立出産をする女性は一人で陣痛に耐え、不安でいっぱいだと思いますが、それを和らげることもできます。ですから内密出産を要望する声は有識者やマスコミから時々上がります。

しかし、内密出産にはいくつかの問題点もあります。私が考える範囲だけでも以下の問題があります。

1.匿名でなければ受け入れない人がいる

ドイツの内密出産では、子どもが16歳になった時点で実親の情報が開示される可能性があります。それを恐れる女性にとって内密出産は選択肢となり得ません。世の中には、どうしても秘密を貫き通さなければいけない事情を抱えた女性がいます。その数は僅かだとは思いますが‥。
彼女たちが赤ちゃんを遺棄したり殺したりしないようにするには、匿名性を保証しなければいけません

2.もし匿名の妊産婦が死亡したときは?

内密出産の分娩時は匿名です。もし、母体が分娩で後遺症が残るような病状になったり、最悪の場合、死亡した時に、家族への対応を問われないかも懸念します。例えば、こんなケースです。

「東京の大学で学んでいる21歳の女性が慈恵病院で内密出産を前提に分娩をした。ところが、羊水塞栓と呼ばれる死亡率の高い病気に陥って、出産後わずか2時間で死亡した。同日女性の実家(岩手県)に病院から電話が入る。『お宅のお嬢様が分娩後にお亡くなりになりました。』」

岩手県の親御さんからは晴天のへきれきです。我が子が妊娠したことも知らなかったのに、いきなり亡くなったと伝えられて、どのように受け止めるでしょうか。

「娘と最後に会ったのは4ヶ月前なのに‥。せめて娘が生きているうちにもう一度会いたかった。病院は娘が妊娠して出産する事を知っておきながら、どうして私達に教えてくれなかったんですか?」

こんな言葉が出てこないでしょうか。ドイツではこのような事態にどう対処することになっているのか知りませんが、(出産する女性の自己責任とは言え)日本では法的にも問題になりかねないと思います。

3.法律上の問題

私は法律の専門家ではありませんので、詳しいことはわかりませんが、少なくとも戸籍上の調整が難しくなると思います。戸籍には産んだ母親の情報を記載しなければいけません。内密出産では、少なくとも子が16歳になるまでは母親の情報は非開示です。もし16歳以降も永続的に非開示が認められれば、子の戸籍には記載がないままになります。これが許されるかどうかです。

ちなみに、「ゆりかご」のケースでは、実親が全く不明なら熊本市長が名付け親になり、赤ちゃんの一人戸籍を作ります。実親が不明ならあきらめもつき、一人戸籍となりますが、目の前に実親がいるのに戸籍に未記載が許されるのかどうか。行政に特段の配慮をいただかないといけません。

4.出産費用の工面

内密出産を求める女性には経済的に厳しい状況も少なくありません。ドイツの内密出産では公費が出ますが、日本ではどうでしょうか。日本には欧米と異なり自己責任を求める風潮があります。思いがけない妊娠、望まぬ妊娠をした時、妊娠した女性が自分で責任を持って対処するように求められます。(往々にして男性は助けるどころか逃げてしまいます)

「ゆりかご」の場合、命がけで出産し慈恵病院にたどり着いた訳ですから、必死さが前面に出ます。ところが、内密出産の場合、普通に入院をして出産できます。もしもそのような女性が臨月を迎え、笑顔でおやつを食べる姿があったら人はどう思うでしょうか。

「自分の都合で身元を明かさず税金を使ってお産をするのに、のうのうとおやつを食べている場合か?残された赤ちゃんは実の親も知る事ができずにかわいそうな人生を歩まないといけないのに。」

こんな事を言う人が出かねません。安らかに分娩の日を待つことは赤ちゃんにとっても良いことなのですが‥。

「ゆりかご」の場合、慈恵病院の自己資金や寄付を元に運営していますが、もしも税金を投入するとなれば、反対が多かったと思います。私は「ゆりかご」を巡る経験から、内密出産に公費を使うことは難しいと感じています。「ゆりかご」でも内密出産でも、出産する女性には深い悩み苦しみがあるはずです。決して「虫のいい母親」ばかりではないと思います。

しかし、知らずと自助努力を求めるのが日本の社会です。ドイツのように公費を投入できなければ、寄付に頼るか病院が負担するしかありません。熊本県でも出産費用は40万円、東京では60万円近くかかります。お金の問題は難しい所です。

5.社会の理解

内密出産は母親の匿名を少なくとも16年間保証する制度です。これが母子の健康を守ります。身勝手な母親だと怒ることなく、許して支える社会の受け皿が必要です。ドイツでできた事を日本にできないはずはないのですが、努力が求められると思います。

私は内密出産だけでなく匿名出産も必要だと思っています。秘密が明らかにされるかもしれない内密出産はだめでも、匿名出産なら受け入れてくれるかもしれません。匿名出産すらだめな人には、せめて「ゆりかご」に預けてもらえたらと思います。

「ゆりかご」を廃止して内密出産に移行すべきと言う論調も見受けられますが、現実的ではないと思います。赤ちゃんの遺棄や殺人を回避するために、内密出産、匿名出産、「ゆりかご」という3つのセーフティネットを提供できる社会が来ることが私の理想です。

「こうのとりのゆりかご」開設10年

「こうのとりのゆりかご」は5月10日で開設10年を迎えます。

10年前の事はよく覚えています。
開設からわずか数時間後に預け入れがありました。
それも3歳の男の子でした。
赤ちゃんの預け入れを予想していた私には衝撃でした。
預け入れは夜間にひっそりと行われるものと思っていたのですが、最初のケースは白昼の預け入れでした。
その時私は手術中だったのですが、報告を受けてショックを受けたのを覚えています。

あの男の子は元気に育っているようです。
残念ながら、私たち慈恵病院の人間は、預け入れられた赤ちゃんの「その後」を知る事ができません。
個人情報保護のため、私たちでも教えてもらえないのです。
ただ、里親の元で元気にしている事をテレビの報道で知りました。
蓮田太二理事長にも感謝の手紙を送ってくれたそうです。

その後、10年間で120人以上の赤ちゃんが預け入れられました。
白状してしまいますが、私個人は開設当初、「こうのとりのゆりかご」に懐疑的でした。
しかし、10年経験してみて、「こうのとりのゆりかご」の必要性を感じます。

必要とする人は、ごくわずかだと思います。
年間100万人の出生数がある日本で、100~200人ではないでしょうか。
(個人的な推測の域を出ませんが)

とすると、5000人~1万人に1人です。
極めて稀なケースになるわけですが、世の中には、どうしようもなくなった女性がいます。
「家族にも役所にも相談できない」「絶対秘密にしなければいけない」という事情を抱えた女性です。
そんな人が最終手段として頼る所が必要です。

過去10年間の預け入れを見て、「自分が母親だったら、別の方法を取った」と思うことは少なくありませんでした。
しかし、それは私の立場だからです。
実母さんたちの生い立ち、経済状態、健康状態、知識力などを知ると、彼女たちを責める気持ちになれません。
私が同じ境遇だったらどうなっていたかを考えると、自信がありません。

賛否両論があるシステムである事は承知していますが、社会に必要なシステムだと考えます。
10年が経って、それを感じます。

 

第二のゆりかご

私が第二の「こうのとりのゆりかご(ゆりかご)」誕生を願うことは度々ありました。

北海道で乳児遺棄事件が発生すると、北海道にゆりかごが設置されていない事を嘆きました。ゆりかごが批判に晒され孤立感を持った時には、「同じ活動を行っている団体があれば心強いのに‥」と考えたこともあります。

「このとりのゆりかごin関西」という団体が第二のゆりかごを神戸市に開設する準備を進めています。

ゆりかごは実母が匿名で赤ちゃんを預け入れるシステムです。
これは、保護責任者遺棄罪に当たりかねない行為ですが、病院という赤ちゃんの健康を維持できる施設に預けるということで、犯罪ではないと解釈されています。

この解釈が前提ですので、ゆりかごは慈恵病院単独で運用できるものではなく、市長、市役所、児童相談所、警察、乳児院の理解と協力を得て初めて成立します。

第二のゆりかごは、神戸市の助産院を前提に開設準備が進められているようです。助産院やそこをバックアップするNPO法人には覚悟が求められます。慈恵病院の場合、寄付金だけでは運営費をまかなえず、年間約1200万円を病院の会計から補填しています。持続性のある活動のための資金をどのように担保すべきか、関西の運営者には努力が求められると思います。

お金だけではありません。今までなかった業務が増えます。慈恵病院のこれまでを振り返ると、たくさんのマンパワーをつぎこんできました。これは、市役所、児童相談所、警察、乳児院の方々でも同様です。例えば、児童相談所はただでさえ虐待の対応で忙しいのに、ゆりかごに赤ちゃんが預け入れられれば、夜中でも駆けつけなければいけません。

開設から10年が経過し、慈恵病院にとって、ゆりかご活動は日常業務の一環となってしまった感がありますが、決して楽な、簡単な活動ではありません。
関西の方々には、その事をご理解いただきたいと思います。

 

何人が捨てられ殺されているのか?

日本で何人の赤ちゃんが捨てられ、殺されるのでしょうか?

「こうのとりのゆりかご」に預け入れられる赤ちゃんの人数を想定する上で、その数字は重要です。しかし、現実には誰にもわからないものです。

「赤子の手をひねる」という表現に象徴されるように、殺人の中でも赤ちゃんの殺人が最も容易に行える事だと思います。そして完全犯罪が成立しやすい環境です。大人が殺されれば、その存在がなくなる訳ですから、「あの人がいなくなった」と騒ぎになります。しかし、人知れず妊娠し生まれた赤ちゃんについては、最初から存在自体を知られていないため、殺されても露見しにくいのです。

殺していなくても、赤ちゃんを人知れず遺棄するケースもあります。

自宅出産のケースでは、母親が、「産んだ赤ちゃんが死んでいた」と供述する事が少なくありません。立った状態で出産すると、落下した赤ちゃんが仮死状態になり、死亡に至る可能性があります。そのような赤ちゃんを地中に埋めてしまえば誰にもわかりません。ですから表に出ているよりも多くの殺人・遺棄が発生していることは間違いありません。

そこで、表に出ている数字なのですが、2つの統計があります。

ひとつは、警察庁生活安全局少年課が出している統計で、「出産直後の殺人(未遂を含む)および遺棄についての検挙件数」です。平成18年~27年では、年間6~17件となっています。ただ、これは検挙された件数ですから、露見していない事案や犯人がわからない事件が含まれていません。実際に発生している数字が何倍になるのでしょうか。

もうひとつの統計は、厚生労働省が調査した棄児数です。棄児は、「病院等の玄関先、敷地内、路上等に遺棄された児童であって、保護された時に親がわからない者」とされています。この調査は、平成18年度~20年度に行われたのですが、18年度27人、19年度55人、20年度49人でした。

これらの数字を見ると、少なくとも年間100人以上の赤ちゃんが遺棄され、殺されているのではないかと思います。

「こうのとりのゆりかご」の目的は、この数字を少しでも減らすことです。

赤ちゃんを犠牲者にしない、親を犯罪者にしない ために多くの人の支えで成り立っているシステムです。「こうのとりのゆりかご」が母子の悲劇を回避するために役立つよう、私たちは努力を続けていかなければいけないと思います。

お説教

先日、「いらない赤ちゃん」、「いてもらっては困る赤ちゃん」を持つ女性の報告をしました。お読みになって、怒った人もいると思います。

「無計画」
「身勝手」
「無責任」

こんな言葉を投げたくなりませんか?

本来、親は子どもを愛し、守るべき存在のはずです。
我が子に対して「いらない」「いてもらっては困る」などのコメントは、親にあるまじき言動です。

ただ、慈恵病院の電話相談事例を振り返ると、実親に説教をしても、多くの場合はプラスに向かいませんでした。敬遠され、最後は音信不通になってしまいました。

頼るところもなく追い詰められると、人知れず赤ちゃんを遺棄したり、殺したりにつながりかねません。何より、赤ちゃんの命と健康を確保することが優先されます。

親には責められるべきところがあるかもしれませんが、赤ちゃんには罪がありません。実親ではない、他の大人が、愛情と敬意をもって保護し、育てる事ができれば良いと思います。仮に、実親にとっては、「いらない赤ちゃん」、「いてもらっては困る赤ちゃん」だとしても、他の大人にとっては、かけがえのない存在になり得ます

一方、実親の立場に立ってみると、彼女たちは既にダメージを受けています。
ほとんどの母親が事の重大さを理解し、後悔し、焦っているのに、わざわざ他人が追い打ちをかけるように怒るのは疑問です。
怒った人の義憤を晴らすことはできても、実親や赤ちゃんのためにプラスになったとは思えません。

もう一つ。
人には、それぞれ育った環境や能力があります。
実親のそれを理解せずに諭しても、心には響きません。
「こうのとりのゆりかご」の議論を行うとき、「できる人」、「恵まれている人」、「大きな失敗をしたことがない人」が、いわゆる正論をもって実親を批判することがあります。
しかし、私個人としては、「あなたにはできるかもしれないが、世の中には、あなたのようにできない人がいる」と言いたくなります。

もちろん、望まない妊娠の問題を放置していい訳ではありません。
根本的な解決に近づくには、性教育、貧困対策、防犯などが必要だと思います。
国家レベルの粘り強い対応が求められます。

 

いらない赤ちゃん

「いらない赤ちゃん」

いやな表現です。
そんな赤ちゃんが日本に存在することを信じたくない人もいると思います。

しかし、乳児の遺棄・殺人事件を追っていくと、この言葉を口にする母親が存在することを知ります。
愛媛県で5人の乳児遺体が発見された時の母親は、 「いらない子だったから」と供述していました。
静岡県で産んだ我が子をハサミで刺し殺した母親にとって、赤ちゃんは、「自由な生活の邪魔になる」存在だったそうです。

「いらない赤ちゃん」という表現はあんまりかもしれませんが、「こうのとりのゆりかご」や妊娠電話相談の現場では、「いてもらっては困る赤ちゃん」に遭遇する事は珍しくありません。

例えば、ダブル不倫で妊娠したケースです。父親にも母親にも家庭があり、それぞれに愛する子どもがいれば、赤ちゃんの存在は、それまで築き上げた家庭を壊しかねません。「赤ちゃんに愛情がないわけではないけれど、いてもらうと困る」のです。

経済的に苦しい母親は、「私が育てても赤ちゃんが不幸になるので、他の人に育ててもらった方が、赤ちゃんは幸せになれる」と、赤ちゃんを預ける理由を説明することがあります。すでに上の子ども達の生活が苦しいのです。

レイプによる妊娠では、「生まれてくる赤ちゃんを愛することができない、虐待するかもしれない」と悩みます。レイプ自体もダメージですが、お腹の中で動く赤ちゃんを感じながら、先々のことを考えるのは辛いと思います。

年間100万人の赤ちゃんが生まれる日本の社会ですが、一方で年間18万件の人工妊娠中絶が行われています。
「望まない妊娠」は多いのです。

いったい何人が望まれない赤ちゃんとして生まれてくるのか?
気の滅入る想像です。

 

なぜ、ブログを?

慈恵病院には、「こうのとりのゆりかご」があります。
また、全国から1日15~20件の妊娠電話相談が寄せられます。
これらの活動の中で、考えさせられる事は少なくありません。

「予期しない妊娠、望まない妊娠」は、実は身近な問題です。
平成26年度の人工妊娠中絶件数が18万件に昇る事からも、わかっていただけると思います。

プライバシーの問題がありますので、お伝えできる事は限られますが、この問題について少しだけ立ち止まって考えていただければ嬉しいです。