「こうのとりのゆりかご」を廃止して内密出産?

「こうのとりのゆりかご」(以下「ゆりかご」)の抱える問題として指摘されるのが孤立出産です。誰にも相談できない事情を抱えた女性が、人知れず赤ちゃんを出産する行為です。出産場所は自宅とは限りません。車の中、ホテル、トイレと、母子の安全性を考えると心配な場所で出産するケースもあります。お産というものは、多くの場合無事に終わります。ですから、自宅で一人で出産したのにも関わらず、母子ともに無事であったとしても不思議ではありません。

しかし、逆に非常に危険な時もあります。例えば、お産の後に大量の出血を来す事があります。私の経験では、10分間に1500mlの出血をした女性もいました。それを放っておけばショック状態になり死に至ることもあります。病院なら点滴、輸血などの処置をして回復を図るのですが、孤立出産なら助けを呼ぶこともできないままに意識がなくなってしまうかもしれません。その他、血圧が高すぎてけいれんをおこす妊婦さん、胎盤が早期に剥がれてしまい、母子ともに死亡してしまうケースなど、頻度は低いですがお産には怖いトラブルがつきまといます。

「ゆりかご」関連でも過去にトラブルがありました。孤立出産の赤ちゃんが「ゆりかご」に預けられたのですが、その赤ちゃんは低体温状態だったので急いで暖めた事があります。幸い大事には至りませんでしたが‥。

このようなトラブルが懸念されますから、お産は専門の医療関係者が立ち会える場所ですべきです。それを受けて提案されたのが内密出産です。(内密出産については、12月7日にアップした記事に説明を載せていますのでご覧下さい)

病院で出産すれば、安全です。孤立出産をする女性は一人で陣痛に耐え、不安でいっぱいだと思いますが、それを和らげることもできます。ですから内密出産を要望する声は有識者やマスコミから時々上がります。

しかし、内密出産にはいくつかの問題点もあります。私が考える範囲だけでも以下の問題があります。

1.匿名でなければ受け入れない人がいる

ドイツの内密出産では、子どもが16歳になった時点で実親の情報が開示される可能性があります。それを恐れる女性にとって内密出産は選択肢となり得ません。世の中には、どうしても秘密を貫き通さなければいけない事情を抱えた女性がいます。その数は僅かだとは思いますが‥。
彼女たちが赤ちゃんを遺棄したり殺したりしないようにするには、匿名性を保証しなければいけません

2.もし匿名の妊産婦が死亡したときは?

内密出産の分娩時は匿名です。もし、母体が分娩で後遺症が残るような病状になったり、最悪の場合、死亡した時に、家族への対応を問われないかも懸念します。例えば、こんなケースです。

「東京の大学で学んでいる21歳の女性が慈恵病院で内密出産を前提に分娩をした。ところが、羊水塞栓と呼ばれる死亡率の高い病気に陥って、出産後わずか2時間で死亡した。同日女性の実家(岩手県)に病院から電話が入る。『お宅のお嬢様が分娩後にお亡くなりになりました。』」

岩手県の親御さんからは晴天のへきれきです。我が子が妊娠したことも知らなかったのに、いきなり亡くなったと伝えられて、どのように受け止めるでしょうか。

「娘と最後に会ったのは4ヶ月前なのに‥。せめて娘が生きているうちにもう一度会いたかった。病院は娘が妊娠して出産する事を知っておきながら、どうして私達に教えてくれなかったんですか?」

こんな言葉が出てこないでしょうか。ドイツではこのような事態にどう対処することになっているのか知りませんが、(出産する女性の自己責任とは言え)日本では法的にも問題になりかねないと思います。

3.法律上の問題

私は法律の専門家ではありませんので、詳しいことはわかりませんが、少なくとも戸籍上の調整が難しくなると思います。戸籍には産んだ母親の情報を記載しなければいけません。内密出産では、少なくとも子が16歳になるまでは母親の情報は非開示です。もし16歳以降も永続的に非開示が認められれば、子の戸籍には記載がないままになります。これが許されるかどうかです。

ちなみに、「ゆりかご」のケースでは、実親が全く不明なら熊本市長が名付け親になり、赤ちゃんの一人戸籍を作ります。実親が不明ならあきらめもつき、一人戸籍となりますが、目の前に実親がいるのに戸籍に未記載が許されるのかどうか。行政に特段の配慮をいただかないといけません。

4.出産費用の工面

内密出産を求める女性には経済的に厳しい状況も少なくありません。ドイツの内密出産では公費が出ますが、日本ではどうでしょうか。日本には欧米と異なり自己責任を求める風潮があります。思いがけない妊娠、望まぬ妊娠をした時、妊娠した女性が自分で責任を持って対処するように求められます。(往々にして男性は助けるどころか逃げてしまいます)

「ゆりかご」の場合、命がけで出産し慈恵病院にたどり着いた訳ですから、必死さが前面に出ます。ところが、内密出産の場合、普通に入院をして出産できます。もしもそのような女性が臨月を迎え、笑顔でおやつを食べる姿があったら人はどう思うでしょうか。

「自分の都合で身元を明かさず税金を使ってお産をするのに、のうのうとおやつを食べている場合か?残された赤ちゃんは実の親も知る事ができずにかわいそうな人生を歩まないといけないのに。」

こんな事を言う人が出かねません。安らかに分娩の日を待つことは赤ちゃんにとっても良いことなのですが‥。

「ゆりかご」の場合、慈恵病院の自己資金や寄付を元に運営していますが、もしも税金を投入するとなれば、反対が多かったと思います。私は「ゆりかご」を巡る経験から、内密出産に公費を使うことは難しいと感じています。「ゆりかご」でも内密出産でも、出産する女性には深い悩み苦しみがあるはずです。決して「虫のいい母親」ばかりではないと思います。

しかし、知らずと自助努力を求めるのが日本の社会です。ドイツのように公費を投入できなければ、寄付に頼るか病院が負担するしかありません。熊本県でも出産費用は40万円、東京では60万円近くかかります。お金の問題は難しい所です。

5.社会の理解

内密出産は母親の匿名を少なくとも16年間保証する制度です。これが母子の健康を守ります。身勝手な母親だと怒ることなく、許して支える社会の受け皿が必要です。ドイツでできた事を日本にできないはずはないのですが、努力が求められると思います。

私は内密出産だけでなく匿名出産も必要だと思っています。秘密が明らかにされるかもしれない内密出産はだめでも、匿名出産なら受け入れてくれるかもしれません。匿名出産すらだめな人には、せめて「ゆりかご」に預けてもらえたらと思います。

「ゆりかご」を廃止して内密出産に移行すべきと言う論調も見受けられますが、現実的ではないと思います。赤ちゃんの遺棄や殺人を回避するために、内密出産、匿名出産、「ゆりかご」という3つのセーフティネットを提供できる社会が来ることが私の理想です。