日別アーカイブ: 2019年12月8日

危険な孤立出産

医療関係者がいない中でのお産を「孤立出産」と呼びます。

これは母体にとっても赤ちゃんにとっても危険な行為です。
例えば平安時代には100人中20人の妊婦さんは亡くなっていたと言われています。
今から120年前の日本では約250人に1人の死亡。
現代のアフリカでは約200人に1人の死亡です。

この数字は産婦人科の現場にいる者としては信じられないものです。
現代の日本では約29400人に1人の死亡です。
私は産婦人科医になって24年、慈恵病院に勤めて17年になりますが、これまで妊婦さん死亡に遭遇したことがありません。
それほど希なことです。

慈恵病院では1ヶ月に140人前後の女性がお産をされますので、120年前の日本や現代アフリカの死亡頻度なら、慈恵病院だけで1ヶ月半~2ヶ月に1人の母体死亡が発生することになります。

孤立出産は赤ちゃんにとっても危険です。孤立出産の末に新生児を遺棄した事件をたどると、出生時にはすでに赤ちゃんが死亡していたケースが多々あります。これは母親の申告に基づくだけでなく、司法解剖でもそれが裏付けられています。

慈恵病院では年間1500~1700人の赤ちゃんが生まれますが、臨月(妊娠36週以降)に入って突然胎児がお腹の中で亡くなるケースは2~3年に1件です。子宮内胎児死亡の発生率を比較すると、病院内出産では考えられないほど孤立出産では多発しているように思います。

「こうのとりのゆりかご」に赤ちゃんを託す女性のほとんどは孤立出産をしてしますのですが、何とか病院内での出産を実現できないか願うばかりです。

内密出産スタート!?

報道では内密出産がセンセーショナルに取り上げられているように思います。今にも多くの内密出産が発生するかの様です。しかし実際に内密出産や匿名出産になるケースは年間に1~2件ではないかと思います。
しかも、その時期も不明です。
来月かもしれませんが、再来年かもしれません。

妊娠相談の中で、私が最も危機感を感じるのは、「誰にも知られずに赤ちゃんを産む」と言う妊婦さんです。これを孤立出産と呼びますが、母体にとっても赤ちゃんにとっても危険な行為です。

お産の痛みは手の指を切断する痛みに匹敵するとも言われています。
それを誰にも知られずに一人で完遂するには相当な覚悟が要るはずです。
それをしてしまう妊婦さんは、(少なくとも本人にとっては)切羽詰まった事情を抱えています。

「絶対に知られたくない、困る!」のです。

これまで慈恵病院では匿名を前提とした分娩をお断りしていました。
この方針は慈恵のみならず日本国内の産婦人科すべてに当てはまることです。
しかし、これでは「事情を抱えた妊婦さん」との距離を縮めることができません。

「それならいいです」ということで、以後連絡が途絶えてしまったケースが少なからずありました。一方、乳児の遺棄・殺人のニュースが流れると、「あの時のケースではなかったか?」と心配します。

孤立出産をしてしまいそうな女性には、まず彼女たちを認めて受け入れることが大事です。母子の安全が最優先です。

「子どもが自分の親を知ることがないままなのは、かわいそう」
「安易な育児放棄を助長する」
「望まない妊娠をしたのだから、責任をもって名前を明かし育てるべき」

このようなご意見は「こうのとりのゆりかご」と同様に内密出産や匿名出産にも付いて回るでしょう。しかし日本の社会が彼女たちに歩み寄らなければ、危険な孤立出産へ走らせることになり、結果として赤ちゃんの不利益につながります。

最近は内密出産という言葉が一人歩きしているようにも思えますが、目指しているのは匿名妊婦さんの受け入れです。これは内密出産とは別です。つまり最初は匿名でも、理解して安心すれば匿名を撤回する妊婦さんがいるはずです。実際に内密出産で先行するドイツではその傾向が認められています。

彼女たちを認め、受け入れ、助ければ、彼女たちの多くが安心して心を開いてくれるものと信じています。

もちろん一部の妊婦さんは最後まで匿名を貫き通すかもしれません。
それでも彼女たちを信じて、安全な出産を実現させるべきではないでしょうか。

ドイツのように法整備がない中での内密出産や匿名出産には、多くの問題が待ち受けていると思います。試行錯誤の作業だと思いますが、行政の方々にも相談を重ねながら、新たなセーフティーネットの構築を目指していきたいと思います。