当院の内密出産を無料で提供する方針を決めたのは私です。「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の運営をしながら、ここを頼る女性たちが経済的に苦しいことを知っていましたので無料にしました。
ドイツの内密出産やフランスの匿名出産は公費によって無料で提供されていますが、日本では公費投入はかないませんので病院の負担になります。
この方針を採用したのは、私がお人好しだからではありません。
私には裁判経験に基づく危機感があるから無料の内密出産を堅持しています。
私は4年前から新生児の死体遺棄や殺人の裁判に関わり、これまで12件の裁判で意見書作成や法廷での証言をしてきました。このような事件では、産んだ母親が我が子の口をふさいだり、首を絞めたり、風呂の中に沈めたりして殺してしまうシーンが調書に記録されています。また裁判資料には腐敗した遺体の写真があります。中には体のほとんどの部分が何らかの動物に食いちぎられてしまった遺体もありました。
このような悲惨な状況を見れば、産んだ母親が残酷で冷徹な人間に見えてしまいますが、実際はそうではありません。他人の顔色をうかがいながら生きているイメージの方が当てはまりやすい女性たちです。彼女たちは親による過干渉や虐待などを背景として愛着障害を抱えていますし、境界知能や発達症(発達障害)を高頻度に認めます。
考えてみれば、医療関係者がいない中で、一人で出産するとか、産んだ我が子を殺す、遺棄するなどの行為は非常識なものです。私が拘置所や留置所で、「どうしてここまでしなければならなかったのですか?」と尋ねると、ほとんどの被告女性が「妊娠・出産を親に知られてしまうと、親から見放される、追い出される、縁を切られる」と答えます。
安心できる親子関係を築いている人に信じられないかもしれませんが、実家の親御さんに知られたくないばかりに無謀、非常識と思える行為に走ってしまうのです。
事件に至ってしまう女性たちは、
・ 陣痛の痛みによるストレス(時に指を切断する痛みに匹敵する)
・ 一人で出産することの不安
・ 出産後の疲労や貧血
・ 産んだ赤ちゃんの存在を知られてしまっては人生が終わるという恐怖心
からパニック状態になり、出産後に我が子を殺したり遺棄したりしてしまいます。
このような事態を回避するには、女性がパニックになる前、つまり陣痛が始まる前に保護することが重要です。内密出産の意義はここにあります。
内密出産を実施するには、先に述べた消耗品代や食費の実費負担が病院に発生しますが、私は数万円で母子の命と健康が確保できるのなら安い買い物だと思います。これは裁判を通じて新生児の遺棄や殺人の実態を知った人間だから感じることができる内密出産のありがたみです。

