東京の赤ちゃんポスト・内密出産から1年 #8 悪影響

賛育会病院の内密出産で問題なのは、「高額な費用」と「匿名性保障の軽視」です。

賛育会病院の対応で懸念されることがいくつかあります。

【赤ちゃんポストに流れてしまう】

有料の内密出産は女性たちにとってハードルが高すぎます。賛育会病院が求める60万円以上(最近は80万円以上)のお金を用意できるのなら、女性の多くは人工妊娠中絶をしていたはずです。内密出産を求める女性のほとんどは、そのようなお金を持っていませんので、匿名で出産しようとすれば、病院外で一人で産むしかありません。

お金を出せなくて内密出産をあきらめる人の中には、赤ちゃんポストに頼る人がいます。実際、過去には慈恵病院でもそのような事例がありました。早産の可能性や感染症がある女性に医学的理由から、「あと数週間待ってからお産に持ち込みましょう」と説明したことがあります。ところが早く仕事を再開しないと借金を返せないと焦った女性は、「内密出産ができないなら、1人で産んで赤ちゃんを赤ちゃんポストに預けよう」と考えて、実際にそれを試みました。彼女は陣痛の痛みに耐えかねて、結局救急車を呼ぶことになったのですが。

医療関係者がいない中、一人で出産するのは危険です。それを回避するために、匿名性を保障して病院内で出産してもらおうと始めたのが内密出産でした。

東京で内密出産ができるようになったのは朗報でした。しかし実際には利用できないため、今後1人で産み、赤ちゃんを東京の赤ちゃんポストに預けようとする女性が増えてしまうのではないかと心配します。

【事件を誘発しかねない】

内密出産希望の女性の中には、お腹が大きくなっても病院を受診しない人が多いです。「病院に行かなければいけない」「誰かに相談しなければいけない」とは思っても、なかなか一歩を踏み出せません。これは、物事を「できる人」には理解しがたい行動かもしれませんが、この女性たちが抱える成育歴や特性がそうさせてしまうのです。

そうこうしているうちに出血やお腹の張り・痛みなどの症状が始まり、女性は病院に駆け込むのですが、費用や匿名性の保障の問題で賛育会病院を頼れないとあきらめてしまった時が問題です。彼女たちの中には、「賛育会病院に行けば内密出産をさせてくれる」と思い込んで病院に向かう人もいますから、土壇場になって梯子を外すような対応は危険です。

陣痛がありながら賛育会病院での出産をあきらめて、近くの公園や駅のトイレで出産し、その後事件になることがないとは言い切れません。一人で出産しても、その後に冷静になり救急車や赤ちゃんポストを頼れる人は良いのですが、出産直後にパニックになる人がいます。発達障害や境界知能の背景から想定外の事態に対応する能力に乏しい人はパニックになり、赤ちゃんを遺棄したり、殺したりしてしまうのです。

【内密出産の信用を失う】

匿名佐藤さん」の事例のように、賛育会病院に対する不信感を募らせた女性は誰も信用できなくなり、慈恵病院の提案にも応じてくれません。母子の命と健康を守るために始めた私たちの支援も手詰まりになってしまいます。

社会の多くの人は賛育会病院の内密出産と慈恵病院の内密出産は同じものだと見ているようです。「お金を払えなければ内密出産はできない」という評判が広まり、内密出産の信用が低下すれば、慈恵病院も信用されなくなり、内密出産で保護できたはずの母子も助けられなくなる恐れがあります。

【匿名性の軽視】

内密出産を求める女性の「妊娠・出産を知られたくない」気持ちは、世間一般の人が考えている以上に強いものです。それが動機で産んだ我が子を遺棄したり殺したりする女性もいるくらいですから、支援者が女性たちの気持ちを尊重しなければ、赤ちゃんに被害が及びかねません。

赤ちゃんポストも内密出産も「親への匿名性の保障と引き換えに赤ちゃんの命と健康を守る」のがコンセプトのはずです。しかし賛育会病院での内密出産を希望した女性たちから聞こえてくる声は、そのコンセプトから外れる実情を物語っています。

「救急外来の看護師さんから『顔写真付きの身分証明書がないと内密出産はできない』と言われて所持品検査並みにバッグの中身を探られた」

「外来で看護師さんから普通に本名で呼ばれた」

「大部屋の病室で、他の入院患者さんもいるのに病院職員が入れ替わりやってきて、『内密出産でしょ』と言われるのが辛かった」

ドイツでも慈恵病院でも、内密出産で本名を知っているのは、ただ1人の相談担当職員だけです。しかし賛育会病院では、多くの病院職員が内密出産の本名を知っているのが通例になっているようです。

女性たちは自らの妊娠・出産を家族に知られてしまえば人生が終わるという必死の思いで病院を頼ります。それに応えられなければ、日本の内密出産における信頼関係は失われます。

賛育会病院で内密出産をした女性の一人は出産費用を分割払いしているそうです。お金を返すために働かねばならず、大学を退学しました。それが賛育会病院の方針と言ってしまえば身も蓋もありませんが、少なくとも私や慈恵病院にはできません。

内密出産の看板を掲げる病院の使命は母子を守ることにあります。病院への借金返済のために、女性をこれまで歩んできた人生の軌道から脱線させてしまう権限は病院にはないと思います。少なくとも、人生の岐路に立っている女性の出産費用を免除するくらいの原資は寄付金で賄えるはずです。

お話しが横道にそれてしまいましたが、内密出産後に費用を分割払いする女性の場合、その女性の本名、住所、連絡先などは賛育会病院の事務職員にもバレているのだと思います。匿名では借金はできませんので。「ひょっとすると賛育会病院は、連帯保証人として実家の親御さんの情報も求めているのかもしれない」など疑念は尽きません。

その意味では、賛育会病院は内密出産の料金表や分割払いの手続きをホームページなどで明らかにすべきと思います。

私はかつて賛育会病院に次のようなメッセージを差し上げました。

「内密出産をするには赤ちゃんポストの4倍、5倍あるいはそれ以上のマンパワーや時間がかかります。内密出産はおやめになった方が良いです。仮に内密出産を始められるとしても、まずは赤ちゃんポストを2~3年やってみられて、その経験を基に内密出産の可否をお決めになったらどうですか?」

しかし、この提案は聞き入れられないまま賛育会病院の内密出産が始まってしまいました。